2012/01/13

【読書メモ】 環境・食料・エネルギー

昨年の東日本大震災で、とっさに引っ張り出した本があります。
一昨年に購入した、PHP親書の 『本質を見抜く力 ─ 環境・食料・エネルギー』 という本で、養老孟司/竹村公太郎 両氏が著者としてまとめられたもの。
あらためて読み返してみました。
簡単に読みこなせる文明の解説本としては、『日本文明77の謎』 とともに最高の1冊に挙げておきたいですね。
徹底的に自然科学に立脚しての事実分析・解説。
あらゆる学術分野の思考の根本たるべきテキストだと思います。 



                                                        ☆     
 

・自然そのものは、閉ざされた全体そのものであり、常に安定を求める。
ある地域で「何か」が増えれば、自然全体として安定性が大きく崩れるが、全体はあくまで中立に復元しようとするため、別の地域ではその「何か」が減っていく。


・ある地域住民の得は、別の住民の損。
たとえば、地球温暖化が 「本当に」 進めばロシアやカナダなどは有利になるが、もちろん温暖化に脅かされる国家民族だって多い。
自然環境が全体として閉ざされた系であり、ゼロ=サムである以上、そこに依存した人間の利益も全体としては 「収穫逓減」 となる。
個々の民族間、住民間では利害得失が異なるから、合意の基準など設定のしようがなく、自然全体を鑑みた 「臨界点」 を求めるしかない。 


・発電所や自動車の設計・製造において、炭酸ガス削減にもっとも貢献しているのは日本。
ところが、アメリカと同じ土俵で削減努力目標を設定させされている。 


・現在の日本の食糧自給率は40%程度だと、よく問題視される。
しかしこれは実は、「日本人に不必要なほどカロリーの高い輸入食材」までを全部ひっくるめて
いわば 「日本に存在する全食材カロリーの合計」 における日本人自身のカロリー自給率である。
こんな計算をすれば、日本の自給率はどうしても小さくなる。 


・日本の本当の食糧自給率は、日本人のほとんどが普通に必要な食材の 「購入価格」 と 「輸入食材の価格」 の比率から算出されるべきである。
そうすると日本の自給率は70%以上にもなる。
このような数字のすり替えは、1995年以降に農水行政官僚が国民の危機感を煽るため (そうやって役所で仕事と報酬をたくさんもらうため) になされたもの。


・日本人の栄養摂取の最大の問題はタンパク源と脂質、これらは元来は漁業への依存度が高かった。
ところが、近年は環境の悪化のためか、生態系が縮小し、大型種の魚が相対的に減っている。
生態系を人為的に復元するのは、もちろん生半可なことではないし、常識で考えても人間だけでどうこう出来るものでもない。
 

                              ☆             ☆ 

・生物科は、ただ単に生物の研究をしているだけではない。
生物種の分布状況を分析することにより、以下のことを再確認できる。 


たとえば、ヒマラヤでは高度4000メートルの地帯にも虫がいる。
ヒマラヤ山脈は7千万年も前に、もともとアフリカ大陸から離れたインド(島)がユーラシア大陸にドスンとぶつかって隆起したのがおこり。
このようにあまりにも古いので、生物が高地型に進化し、独自の系となってしまったわけ。
同じような生物種分布の尺度で日本の高地を鑑みると、それら高地があまりにも形成が新しいため、そこに適応した生物種がまだ存在していない。 


そもそも、日本の本州はもともとはバラバラで、現在の東北、関東、中部、近畿、中国地方がそれぞれ別個の島だったと想定される。
それがくっついて今の本州ができたのであり、琵琶湖はその合成の名残である。
同様の生物種の分析によれば、伊豆半島などはぐっと新しくて、本州にくっついてからまだ80万年しか経っていないし、プレートも違う ─ ということが再確認できる。


・南北に伸びる地形・山脈ほど、気候変動による生態系へのダメージは小さいが、それは棲んでいる生物種が南へ北へと移動することで最適な気温を選ぶ余地があるため。
東西に延びた地形・山脈では、生態系に気温選択の逃げ道がない。 

なお、古代以来、日本の都は徐々に涼しい土地に遷ってきた。 

・人類のとおい祖先は、乾燥地帯のサバンナに出現したと想定されている。
だから体質的には、水分を節約するように進化すべきはずだったのに、現実の人類は汗をかいて体温調節をしている。
ゆえに、人類の祖先はどこかの段階で水に入っていったとも想定される。
これで人類は毛皮が無くなった。
また、首から下を水に浸かって生活していたためにこそ直立歩行も可能となったと思われる。
もしずっと地上だけなら、重力の負荷が強すぎて直立など出来なかっただろう。


・日本の江戸も大坂も、もともと大湿地帯であり、たとえば大坂平野を「かわち」と呼ぶのは、もともと河口の干潟であった名残であるとされる。
ずっとあとになってからだが、大坂の梅田はもともと 「埋田」 と称していた。
江戸の町が建設された当初、虎ノ門にダムがあり、そこで飲料水を確保していた。
溜池という地名のゆえん。
だが江戸が人口増大するとともに虎ノ門ダムだけでは追いつかなくなり、玉川上水を掘削して導水するにいたる。 


・江戸時代のはじめ、利根川は関東平野に流れ込んでいた。
利根川の大氾濫に頭を悩ませていた徳川幕府は、その河口を銚子方面へとねじ曲げる大工事を完遂させた。
この利根川の東遷という大工事により、関東平野が適度に乾燥するようになり、結果として日本一の穀倉地帯となった。
同時にこの利根川の大工事は、伊達藩の関東侵入をくいとめる効果ももたらした。 


・なお稲作は、水資源との共存の観点からして、あきらかに小麦栽培よりも望ましい。
小麦栽培はかならず森林を破壊し、土地を収奪してしまうが、水田は自然環境との永続的な共栄を可能としている。
だが水田の出来る湿地帯は、人類史にとって確かに農業の恩恵をもたらした反面、マラリアへの罹患のリスクをも有する危険地帯でもあった。
だから出現の古い種族ほど、マラリアの脅威から逃れるため高地に都市をつくっている。
 

                     ☆         ☆        ☆


・水はきわめて動かしにくい物質であり、水を流そうとすればかなりの移動エネルギーと技術が必要。


・人間の祖先はみな移動型・遊牧型であったが、その真因は土漠ではなかなか水を継続的に確保出来なかったため。
したがい、水の確保に成功すれば人々はそこに定住した。
定住農耕民族と、遅れてやってきた遊牧民との領土紛争は、用水路確保が真因であった。


・水道建築を実現していたローマのすごさは、周辺民族を圧倒したことだろう。
だからパックス=ロマーナ (ローマの平和の200年) が実現したと考えられる。


・パレスチナ問題の本質は、水資源の奪い合い。
イスラエルが第3次中東戦争でゴラン高原を制圧した理由は、そこがヨルダン川の水源であるため。
当のヨルダンにはヨルダン川は無いのである。
パレスチナとイスラエルの暫定国境線をみると、使用可能な井戸のほとんどがイスラエル領である。
この作為のために国境線は細かくグニャグニャと曲がっている。


・アメリカとメキシコの紛争は水を巡ってのもので、コロラド川の河口の水はすべてメキシコ源流のものである。

・アメリカの農業規模は世界最大級、だがアメリカ農業は極度に「化石地下水」に依存している。
つまり、最後の氷河期以降に氷が溶けて地質構造に溜まっている地下水で、だからどんどん減る一方である。
かつ、これを汲み上げるためにかなりの石油エネルギーを費やしている。


・水を継続的に長距離輸送しようとしたら、パイプラインしかない。
リビアのカダフィは砂漠に巨大な 「水のパイプライン」 を敷いており、その判断と功績は極めて大きい。


・現在の先進国の安価で良質な綿は、アラル海やインドの地下水を大量に投入した綿畑でつくられている。
たとえば日本が輸入するこれらの製品を、現地で投入済の水量に換算すると、日本は年間で800億トンの水を輸入しているに等しい計算。
日本人全体が年間に家庭で使う水量の6倍にあたる。
そして、アラル海の水位はどんどん下がっている。


・水を不自然なほど強引に取り除いてしまったのが現在の都市化である。
だから都市の多くはどんどん乾燥状態におちいり、ヒートアイランド現象も起こしている。
きわめて簡単な理屈だが、このままでは都市は持続可能な成長ができない。
古来の 「打ち水」 が見直されているわけである。


・原因はともかくとして、地球温暖化が 「本当に」 このまま進めば海水が膨張して水位があがるといわれる。
また、北極海の氷が「本当に」 溶けていくとすると、海洋の 「温度格差」 が無くなる。
だから深層海流がとまってしまう。


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・人類史をひもとくと、ほとんどの地域では基本的に地力収奪、木材伐採が継続されてきた。
とりわけ木材は、薪として重要な火力=エネルギー源。
人類の祖先は森林をどんどん伐採していき、無くなってしまうと他の土地へと移住を繰り返した。


・黄河の上流はかつては大森林だったと考えられる。
だが、つぎつぎと興る帝国が木材=火力エネルギー源確保のためにほとんどを伐採していまった。
そのもっとも大胆な用途が、万里の長城の建造用の煉瓦焼きではないか。


・日本でも、木材こそが最も根幹的な火力エネルギー源であった。
木材の難点は、巨大過ぎるため遠距離運送が簡単ではないこと、しかし日本は多くの急流河川に恵まれて来た。
桓武天皇が奈良から京都に遷都した理由は、京都が森林と大河川(淀川)に接していたため。
また、江戸時代、天竜川流域はいわゆる「天領」だったが、それは木材供給の大拠点だったため。
とはいえ、江戸幕府は鉱物資源もかなり独占をはかってきたが。


・なお電力会社によれば、大発電拠点から全国到るところまで送電している現状ではエネルギーロスが大き過ぎる。
各地が地元の河川でのローカルな水力発電にもっと積極投資すればよいとのこと。
そもそも日本は70%が山岳地帯で、雨水を集積する自然のシステムとなっており、水力そのものには恵まれているのである。


・ところで、地球温暖化が 「本当に」 このまま進行すれば、いずれ日本のほとんどの地域で雪が無くなり、自然による水の堆積が大きく減少する。

・1700年ごろ、日本国内の木材伐採はピークを迎え、それから100年と経たないうちに木材供給は頭打ちになった。
で、日本人の人口も3千万人くらいで頭打ちになった。
そんな時にペリーが来航、だが欧米列強は日本にろくな資源がないと知ると植民地化をあきらめた。
一方、たちまちのうちに日本は化石燃料(石炭や石油)と蒸気機関のシステムに飛びついた。
その結果として日本のエネルギー容量はぐんと増え、日本の人口は現在までになんと4倍にも膨れ上がった。 


そして今またエネルギー問題に直面している。
女性が子供を産まなくなったことと、何か関係があるのだろうか?
なお、若年層が急激に増加した文明では、かならず「余剰」の若者が大量に発生し、それが集まって軍隊組織となる。
軍隊組織となるから、戦争をひきおこす。


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・石炭は現在でも極めて重要な火力エネルギー源である。
アメリカの発電の一次エネルギーは大半がいまでも石炭であり、その石炭は自国であと200年はゆうに採掘が可能といわれる。
1901年、テキサスで大量の油田が発見される。
1903年、T型フォード構想始まり、またライト兄弟がエンジン実装の飛行機で初の有人飛行。
アメリカは20世紀はじめには巨大な鉄道網建設の萌芽があったが、石油会社が鉄道を次々と買い取っては潰していった。
自動車会社は大発展をしていった。
(なお現在のオバマ政権は、あらためてアメリカ全土を結ぶ大鉄道網の構築をすすめている。)


・世界で最初の「巨大油田」の発掘は1935年。
1940年、アメリカは世界でも「ケタはずれの」最大の産油国で、ほぼ2億キロリットルだった。
少し前に日本は満州国を立ち上げていたが、あの有名な「大慶油田」をまともに探そうとしなかった。
日本の軍部が石油の必要性をたいして認識していなかったため。
とはいえ、日本などはエネルギー資源に乏しいことは十分に自覚しており、だからこそ省エネ追求の大量輸送システム=つまり鉄道網を発展させた。


・太平洋戦争が始まった時点で、日本の石油需要は0.04億キロリットルであったが、それを満たすための石油の90%はアメリカから輸入。
日本自身の産出量は0.003億キロリットルしかなかった。
このころ、フランクリン=ローズヴェルト大統領がサウディアラビアと積極的に接触している。
もっともこの時点では、中近東全体の産油量はアメリカの1/10程度に過ぎなかったのだが。


・ナチスドイツによる有名なバルバロッサ作戦は、ドイツ第3帝国が巨大になり過ぎて域内の石油需要に応えられなくなったためになされた。
ソ連の油田をなんとしても奪わんとして、スターリングラードの戦い、そして敗北に至る。


・アメリカ版の自由競争経済は、原油供給の「永続」、つまり原油価格が上がらないことを前提として機能してきた。
第二次大戦後の世界的な不況は7回発生しているが、うち6回は原油価格の高騰後である。
1970年以降は、本当の大規模油田は見つかっていない。
そして同じころからアメリカは石油の輸入国となり、オイルショックが起こった。


・一般に、石油産出量のピークは、インフラの整備状況が最高となるときであり、油田の発見から大体50年後である。
そして大油田発見のピークは1960年ごろ、だから産出量はまさに今が最高潮といえる。
関係者がそこに気づいているからこそ、石油価格が値上がり基調に入ったのではないか。


だが、アメリカ自身が採掘可能な石油の埋蔵量は、あと10年程度で無くなってしまうとの見方もある。
本当に無くなってしまうなら、次は砂混じりの石油、いわゆるシェールオイルを国内で本格採掘するだろう。
その精製コストは確かに石油よりも高いが、それでもほっとけば石油の方が高くなると関係者は考えている。


・なお、イランやイラクやUAEはあと90~100年くらいは石油を掘れるという。
サウディとリビアはあと60年くらいとされる。
カザフスタンはあと80年くらい、ヴェネズエラはあと70年くらい、ナイジェリアはあと40年くらい採掘可能か。
ロシアはあと20年、中国はあと10年?


・とはいえ、過去10年では、カザフスタンやブラジルで100億バレル級の大油田がみつかっており、ヨリ最近はフォークランド諸島でも大油田がさわがれ、英国がまたアルゼンチンともめ始めている。
なお、世界最大の産油国であるサウディアラビアの一日の産油量は、だいたい1000万バレルである。


こういう基本データを集めていけば、石油があとどれだけ採掘可能か、一方で需要はどのくらい増えていくか程度のことは、比較的簡単に算出できるはず。


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ざっと、以上のごとく、大変に触発される本なのです。
さらに他にも、江戸幕府が全国の情報の集中化と一元化を進めてきたこと、日本のこんごの農業政策についての掘り下げた討論などなど、読みどころは満載。
職業も世代も越えて読んでいただきたいもの。