2012/06/23

さけのファンタジー

定説 ─ かどうかは分からないが、素敵な女には3種類いる。
女神と、魔女と、かぐや姫。


① かぐや姫が月に帰ってしまったので、僕は山を降りることにした。
永年に亘り、我が山の秘伝の忍術をそれなりに習得していたので、どこへ行こうがなんとかやっていける自信があった。

そんな僕を呼びとめて、先輩が話しかけてきた。
「ふもとの世界に、旅立つそうだな、おまえよ。ふもとの世界はすごいんだぞ。多くの者が行きかう世界、活気があるぞ。品物もカネもぐるぐる回っているから、それなりに知恵も回っている」
「ほぅ、それは結構なことで」 と、僕は言い返した。
「…なあ、おまえよ」 と先輩がたしなめた。
「そうやって粋がって、だな、下へ降りていった連中も多いが、二度と誰もこの山へは戻ってこない」
「よほど住み易いんでしょうねぇ、下の世界は」 僕は唇をとんがらがせた。

「もういいです、もう、いいんですよ、先輩。僕はかぐや姫に憧れていた、かぐや姫もきっと僕にちょっとは憧れていた、でも彼女は遠い宇宙へ旅立ってしまった。もう僕は幻想にはうんざりです、伝説も飽きてしまったし、能書きをいちいち聞くのは耳にタコが出来るほどで」
「その、タコだ」 先輩が、フゥーッとタバコの煙を吹かした。
「下の世界には、いわゆるタコもいる、イカもいる、もっともっとでっかい魚だっている」
「へぇ」
「おまえは海について聞いたことがあるだろう」
「はぁ、海ね…海っていやあ、川がざーーっと流れて込んでいるらしいですね」
「海のでかさは、想像を絶するんだ、ケタ違いにでっかい!おまえはきっと腰をぬかす」
「僕はたいていのことには驚きませんよ、先輩、だってね、僕には秘伝の忍術が」
「そんなものは、だなぁ、下の世界の連中はもう慣れっこになっているんだよ、こんな山奥でいくら技量を磨いても、下の世界におりていけば、みんな欠伸混じりに、ふーん、おまえはどこの田舎から出てきたんだ、あははは……てなもんだ、それでも行くか、おまえよ」

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② フン、なーに、言うてはりまんねや、とばかりに、僕は先輩の声をふりきった。
その足で、電車に飛び乗った。
これで、下界の港町まで行くという。
僕は車両の席につくと、窓からぐるりと山々を仰ぎ見た。
ああ ─ ついに、さよなら、か。
今まで世話になったなぁ、多くを学び、修練に励んだ、わがふるさと。
かぐや姫を見送った、あのいただき。
おお ─ そうだ、あれだ…夕陽と月が同時につきさす、時空の交差のあの岩場、涙をみとめぬ仙人たちの、厳しいおさとし、修養の高み。

ガタン、と車両が揺れて、ごん、ごごん、ごごごごん、と電車は斜面を下り始めた。
文字通り、草木の合間をぬうように、電車がどんどこ、どんどこと下っていく。
その木々の枝葉をひとつひとつ、見極め射抜いて弾き飛ばさんと念じながら、僕は自慢の忍術を心中でそっと反芻していた。
負けやしないぞ…いや、勝つ。
どこへ行こうが、勝つ。
あのかぐや姫だってパチパチパチと手を叩いて絶賛してくれたじゃないか、我が秘法、真空切り裂き2段投げ!
下界のやつらが、なんだってんだ、目にもの言わせてやる。
電車は次第に速度をあげつつ、もう、ゴォォッと急斜面のドライブロードを無遠慮に疾走し始めていた。


うとうと、とした。
とつぜん、電車がプシューッツ、と停まった。
「なんだ?どうしたんだ?」
僕は欠伸まじりにひとりごちた。
「のりかえでーす」 ドタドタと車掌がやってきて教えてくれた。
「あれれ、ここが下界の街じゃないんですか?」
「ここは中腹なんですよ、さぁ、そこの林を抜けた向こうの小屋で切符を買い替えて下さい」
なーんだ、とちょいと拍子ぬけ。
僕は電車を降りた。
やがて、その小屋へ着く。

中へ入ると ─ 奇妙なことに、小さなテーブルにりんごが3つ。
椅子に腰かけつつ、これはどういう意味なんだろう?と訝しく思っていると、奥の戸がふわーっと開いた。
そして。
「ようこそ、いらっしゃいませ」 と、一人の女性が現れて。

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③ 「あなたは、誰ですか」 僕は思わず弾かれたように中腰になりながら問いかけた。
「いわゆる、魔女です、ふふっ」
「へーっ、魔女とは、驚いたな…こんなところで何をしているのですか」 僕は少しドキリとした。
「あなたは」 魔女は対面に静々とと腰かけつつ、淡々と話しかけてきた 「下界の港町へいらっしゃるようですね」
「はぁ、その積りです」
「それでは、あなたの運命をここで定めましょう」
「いや、結構ですよ、それより、早く乗換の切符を下さい」 どぎまぎと視線を反らせながら、僕はそう言ってみた。
聞いているのか、いないのか。

「ここに、りんごが3つあります」 魔女が、つ、と指差した。
「はぁ、ありますね」
「1つは、かぐや姫の育てたもの、もう1つは、私が育てたもの、最後の1つが、女神の育てたものです」
「女神ですって?」 僕は訝しげに尋ねた。
「女神は、ここからさらにずっとずっと下ったところに住んでおります。とても綺麗で素敵な女性ですよ」
「じゃあ、その下界の街まで降りて行く切符を」
「あなたは、どのりんごを選びますか?」 魔女が、くいっと額を近づけてきた 「1つはかぐや姫のもの、1つは私のもの、1つは女神のもの」
「あのぅ、もしも…もしも、ですよ、僕がかぐや姫のりんごを選んだら、どういうことになるのでしょうか?」
ほっほほほほ、と魔女が上品に笑い声を上げた。
「さぁ、どういうことになるのかしらね…でもひとつだけ重大なヒントを差し上げます。仮に、あなたが私のりんごを選んだら、あなたは私と結婚しなければならないのです」

僕は憤然として立ち上がった。
「申し訳ないが、遊んでいる場合ではないのです!僕はかぐや姫と別れ、山を降りる決意を固め、いまや人生意気を覚えつつ大いなる未知の世界に挑まんとしている。これは僕の選択肢であって、あなたのものではない。お分かりでしょう?さぁ、早く乗換の切符を下さい!
魔女の瞳が、潤んだ。
「どの、りんごを…?」
僕は机を叩いて大声をあげていた。
「じゃあ、真ん中だ!真ん中でいいよ、もうそれでいいよ!なんとまあ、くだらない!」 我ながら妙な笑い声だった。
「おめでとうございます。真ん中のりんごは、女神のものでございます」 そう言うと、魔女は残りの2つのりんごを消し去ってしまった。
僕はへなへなと腰砕けになりつつ、やっと、「下界までの切符を下さい」 。
つい、と魔女が切符を差し出してきたので、僕は代金を払った。

「ねえ、ところで、あなた、先輩はお元気?」 魔女がちょっとおどけた声で笑うように問うてきた。
「はい?」
「あのひと、ここまで来てね、しばらく逡巡してらしたのよ」
くすくす、と魔女は続けた 「だから、適当なお話だけして、お山に帰って頂いたのよ…でも、あなたは違うのね」
「ええ、僕は違いますよ、違うんですよ僕は」
切符をズボンのポケットに突っ込むと、僕は振り返ることなくまっすぐ足早に乗換線のホームに向かった。

特急電車は、すごい勢いで出発した。
午後の日差しを、林を抜け、森をつっきり、湖畔をまわり、トンネルをくぐる。
橋を渡り、草原を横切り、そして夕陽の影をただひたすら駆け抜け、さらに、星空と幾度も交信しつつ、いよいよ速度を増しながら、下界の港町に向かって疾走していった。


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④ 朝もやの時。
特急電車の終着駅、そこが港町。
潮風に乗って、かもめが、アァ、アァ。
僕は初めて目にする大海原が珍しくて、潮騒の雄大な響きにもしばし呆然として、ふらーりと沿岸の通りを歩きまわっている。

そのうち、朝陽がさんさんと。
と、ともに、ガタンガタン、わっさわっさ、と生活の息吹き。
その喧騒に誘われて ─ 今度は街中に出てみる。
まあまあ、騒がしいのなんのって、うむ、これが、都会ってやつか。
誰がどこで何やってんのか、さっぱりわからない。
皆がうねうねとそこら中を歩きまわっている ─ いや、走り回っている。

カフェでしばらくぼやーーっとしながら、昨日の魔女の小屋で手に入れたりんごを手にとって、テーブルで転がして遊んでいた。
突然、一人の女性の声がした。
「あのぅ、ごめんなさいね、もしかしたら、そのりんご…」
これを聞くが早いか、僕はとっさに立ち上がり、会釈をした 「あ、貴女が女神…さま?そうなんですね!」
「あら、それじゃやっぱり、そのりんごは」
あぁ!この女性が、女神なのだ。
うわぁ、なんて眩しいんだ、なんて瑞々しいんだ!朝陽を浴びてこんなに溌剌と輝いて……僕は半口を開けたまま彼女を見つめている。
やはり、こういう展開になるわけか!
僕は小躍りした。

女神が、歌うような艶やかな声で、僕にまっすぐ語りかける 「ねぇ!もうじき出港の時間なんですよ!私と一緒に、さあ、行きませんか?ねぇ、行きましょうよ!」
「ど、ど、どこへ行くんですか?」 僕は戸惑う。
「海の向こうへ、広い世界へ、さぁ、早く!」 弾むように、女神が。
うんうん、もちろん!
一緒に、いっしょにね、と何度も頷きながら、僕は女神について船着き場へと駆けて行く。
そして、どかどかっ、と乗船した。

さて、と、船べりからふと眼下を見やると
─ あら?女神は埠頭に残ったままで、大きく手を振りながら僕に向かって叫んでいるではないか。
「頑張ってーッ!待ってるから、ずっとあなたを待っているから!そういう運命だから!」
僕は、うん、うん、と頷く。

なんか、おかしいなぁ……どこか本筋と違うような、と僕はチラリと思う。
でも、そういう疑念は経験不足によるものに違いない、と己を懸命に諭しつつ、生命の波動は思念の活力をいよいよ増幅させて一方的にがんがんと奮い立たせていくのである。


(おわり)

2012/06/14

モーニング・デュー



憧れの、貴女の傍で
想い、まにまに、引いて満ち。

吐息にふいっと、よろめいて。
小さな氷河が、かららんと。

せつなの虹が、闇をつないで。
ゆれる瞳は、クリスタル。

気取った黒鍵、つまびくピアノ。
ガラスの音符の、ピラミッド。

寄り添う影は、二人だけ。
それはさだめか、つれづれか。

やがて夜空が、しらじらと。
甘い余韻の、朝の霧。


すると、およよよよ?
君はたちまち、ぴゅーんと小さくなって、きゃーーきゃきゃきゃと笑いながら、まぶしい光に溶け込んで、ぴょんぴょーーんと撥ねていった。
あれっ?と思う間もなく、最後に何かがちょっとだけ輝いたかと見るや、もうそれはどこかへ隠れて、二度と出てこなかった。

僕は自販機で缶コーヒーを買って飲んで、それからネクタイを着けて駅に向かった。


おわり

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本