2014/01/09

愛の新卒採用


「次のかた、どうぞ!」
「はい…失礼致します。はじめまして」
「はい、どうぞ、お座り下さい」
「えー、私は、××大学の○○と申します」
「え、なんですか?」 
「○○と申します」
「はいはい」
「本日は、是非とも御社にご採用頂きたく、こうして面接にお伺い致しました、みたいな」
「え?なんですって?」
「本日は、御社にご採用頂きたく、みたいな」
「ははぁ…あの、失礼だけどね、あなた、男子学生なんだからさ、もうちょっと腹の座った大きな声で話してもらえないかな」
「す、すみません、じゃなくてー、えーと、申し訳ありません、御座いませんっす!」


「うん…まあいいや、では、当社への志望動機について、簡潔にどうぞ
「おーっと、まず志望動機ですか?いきなりそう来ますか…あのですね、私は是非とも御社で活躍したいと考えております、みたいな」
「…どうもあなたの声は聞き取りにくいなぁ。で、うちでどのように活躍したいと考えているのかな?」
「それはー、働いてみなければ分からないと思いますけどぅ…みたいな」
「ははは、そりゃそうだ、でもね、真面目な話、うちで取り組んでみたい仕事について挙げてくれないかな?」
「ハァ…そのぅ、私は御社でとりあえずは営業の仕事に就きたいと考えておりますけどぅ…みたいな」
「とりあえず営業って、それは要らないねぇ。うちはそういうのがウジャウジャ余ってて、処分に困ってるくらいだから。他には?」
「あのぅ…そしたらですね!こういうのは如何でしょうか?実は、私の叔父が自動車部品のメーカで品質管理をしておりまして…みたいな」
「ほお?僕だって品質管理への興味は有るよ。で?」
「あのぅ、そのぅ、私が御社で品質管理の仕事に就いたら、ですね、叔父と相談しながら効率よく仕事が出来る、かもしれない、みたいな」
「どうして?うちの製品の品質管理とあなたの叔父さまと、何の関係があるの?え?」
「…すいません、何も有りませんね、ははは」
「なに?なんだって?!」
「すみませんっす、あ、いや、申し訳御座いません、確かに私の叔父と御社は、いや、御社と私の叔父は、何ら関係は御座いませんで御座いますですね」
「うーん…それじゃ話にならないんだよなぁ。あのね、僕だってうちの人事の看板背負って、こうして面接しているわけ。だからね、志望動機の曖昧な学生を積極評価して書類回すわけにはいかないんだよね」
「すみませんっす、あ、いや、申し訳御座いません」
「だいたい、あんたね、ハードを扱いたいわけ?それともソフトに関わりたいわけ?そのあたり、どっちを指向してんの?」
「…どっちが、よろしいのでしょうか?」
「なに?!なんだって?!どうもあんたの声は聞こえないよ!」
「えーと、えーと、ですね、私はハード製品とソフトウェア関係と、どちらがふさわしい人間だということになりますでしょうか?」
「それをこっちが訊いてんだよ!」
「あのぅ、よく分からないんですケド…みたいな」
「あんたね、その『…みたいな』っていうの、やめてくんないかな。真面目に考えてる?…で、他には、何か志望動機は無いの?」
「えーと、んーーと、あのぅ…ああ思い出した!実はですね!私の先輩が御社にご採用頂いており、今は確か、総務関係のお仕事に…」
「ほぅ。で?」
「それで、たとえ総務であろうが人事勤労であろうが、身を粉にして働いておりますこの先輩に対し、私は大いに敬意を払っておりまして」
「あ?なんだ?総務や人事勤労で悪かったな、おい!あんた、もうちょっとまともに考えて話すようにしなよ、ね」
「……ああ、全く仰せのとおりで、えぇ、えぇ……」



「……まあ、いいや。じゃあ、何か他人に負けない特技が有ったら、客観的に挙げてみてくれないかな」
「よーし!それでは申し上げます!えー、履歴書に記載致しました通り、私は学生時代にIT関係の資格取得に励んで参りました。その努力と経験については自負があります」
「ふーん」
「あとはー、会計についても勉強中です、その努力と経験についても自負があります」
「へぇー」 
「それからー、宅建の資格についても、勉強し始めたところで、その努力と経験も…」
「ほぅ」
「あとはー、えーと、あのー、えー、ゼミの顧問教授から推薦文も頂いておりましてー」
「あっ、そぅ」
「今ここでー、それをお読み申し上げましょうか?」
「いや、今はいいよ、あとでこちらで目を通す、かもしれないからさ」
「なるほどなるほど、えぇ、えぇ」
「で、他に、なにか有るの?」
「あの、ホームステイの経験がー。ええと、一応、ロサンゼルスに」
「ははは、あんたね、よく欧米で生活出来たね、そんな貧弱な声で」
「でも、しかしですね、アハン…英語にはちょっと自信がありますから…ウフン…オーイェア」
「…他には?」
「はぁ?……あのぅ、特に無いですね」
「えっ!?なんだって?よく聞こえない!」
「あの、他にはこれといって御座いませんところで御座いますです、えぇ!えぇ!」 
「…あのねぇ、あんたさぁ、ITや会計をちょっとかじったくらいで、特技のうちに入ると考えてるの?」
「いえ、はい、いえ、はい、滅相もございません、はい、はい」
「いいかい?あんたの前に面接した学生はね、東京都の地下鉄の最適な結線図を独力で考案して持ってきたんだよ。それにね、その前に面接した女子は、イルカの言語の研究で独創的な論文を書いたんだよ」
「なるほど、なるほど、えぇ、えぇ」
「それから、衆議院の比例代表制について新しいアイデアを持ってきた学生も居た。ねえ、そういうのを特技と言うんだよ」
「なるほどなるほど…それは、そうですね、はい、そのとおりですね、えぇ、えぇ」
「あんたはさ、ITとかホームステイとか、全然アピールが無いんだよね。いいかい?うちには専門的な外国人従業員がいっぱいいるわけ、ね。あんた、そういう連中と自分がまともに張り合えると思う?」
「なるほどなるほど、それは無理ですね、無理ですとも、えぇ、えぇ」
「よし、分かった!これといって特技は無し、と」
「なるほどなるほど、全く仰せのとおりで、えぇ、えぇ…」
「じゃあ他にアピールしたいことは?」
「はい!私はこう見えても協調性があります。他人と協力することもやぶさかでは御座いません、えぇ、えぇ」
「協調性ってなんだ?他人と同じことする奴は、うちは採らないよ、どこだって採らないよそんな人材。そんな奴、無駄。企業の成長には全く貢献しないの、分かる?」
「なるほどなるほど、仰せのとおりで、えぇ、えぇ」
「他には?」
「あ、はいはい、はいです!私はですね、個性も有りましてですね!えぇ!えぇ!」
「どんな?」
「他人と違うことを考えることが出来まして、ですね。えぇ、えぇ!」
「あんたさぁ…そんなの当たり前だろう。誰だって他人と違うことを考えてるんだよ。だから市場経済が成立するの、分かる?みんなが同じことを考えていたら人間は集団絶滅しちゃうだろう。はい、他には?」
「……残念ながら、今のところは、これといって御座いません、えぇ、えぇ」



「やれ、やれ、しょうがねぇな、こりゃあ…。それじゃあ、何かうちに対して質問は?」
「ハイハイ!えーと、それではまず最初の質問です。私にはどのような仕事が向いているのか、御教授頂けませんでしょうか?!」
「…おい…」
「は、はい…」
「あんた、いい加減にしとけよ、一応は大学生なんだろ」
「えぇ、えぇ、それはもう、一応は大学生です!えぇ、えぇ!」
「なんなんだ、あんたは…あのな、あんたが向いている仕事なんか知らないよ。そんなもん無いかもしれないね。だってさあ、あんた、うちへの志望動機は無いし、これといった特技も無いし、ね、それなのに向いている仕事もへったくれもないだろうが?」
「なるほどなるほど、はい、はい、それはもう、確かに仰せのとおりで、えぇ、えぇ」 
「他に、質問は?」 
「それでは、次にお尋ねします!私が採用頂けたとしたら、私の給与体系はどういうことになりますでしょうか?」
「そんなこと、考えても仕方ないと思うよ!」
「なるほどなるほど、全く仰せのとおりかと存じ上げたく、えぇ、えぇ」
「他は?」
「では最後の質問です!あのぅ、私はどうしたら御社に入社出来ますでしょうか?!」
「なに言ってんだあんたは!この状況でうちに入社出来るかどうか、自分で考えてみろよ!」
「なるほどなるほど、じゃあ自分で考えてみます。えぇ、えぇ…」
「…」
「…うーーん…」
「……」
「…うーん…うむ、うむ、そうか、なるほど、うむ………」
「………」
「…うーん…ああ…えーと…みたいな」
「おい!」
「はい…?」
「あんた、遊びに来たの?うちをなめてんのか?!」
「いえいえいえいえ!とんでも御座いません!小生、御社には大いなる敬意をお支払い申し上げている所存に御座りまする」
「あっははは。バカか、あんたは」
「は、はい、バカで結構で御座います。あのぅ、実はですね、小生、常日頃より父親からもバカ呼ばわりされておる始末に相御座りまして」
「ははは、そうだろうな」
「しかるに、小生、母親よりは、深い深い、海よりも深い愛をもって育まれてまいりました所以にござりまする」
「はーっはっはっは」
「さても、此度はまこと恐縮の限りに候えば、かかる御はからい、宜しからざらんや、あにはからんや、小生なりに存じ上げ相奉る所存に御ざりたく候」
「はい、それでは次のかた、どうぞ!」
「はーて、小生、いかばかりか…」
「次のかた、どうぞ!」


以上