2014/04/15

【読書メモ】 コンクリート崩壊

万物は流転する、形あるものは壊れる…云々の哲学名言が理系学問の最もクラシカルなエッセンスであるならば、現代文明の安穏とした永続感覚を足元から突き崩す本書こそは、理系リアリズムの最先端を往く一冊か。
『コンクリート崩壊 (危機にどう備えるか) 』 溝渕利明 著、PHP新書版。
昨年7月に初版刊行。

鉄筋コンクリートは諸々の化学反応により確実に崩壊するが、現存する建造物の点検と改修措置は遅れがち、政策的な意思決定は緩慢であり、ともかくも専任技術者育成と配備が急がれる…といった由々しき現況を冷徹に説く。
本書は建築技術における基礎教養から、化学反応の仔細な解説に至るまで、廉価版にかちっとまとまった最強のガイダンスであろう、是非とも一読をお薦めしたい。 
なお予め記しおくが、鉄筋コンクリートの崩壊・崩落を「完全に回避」する決定的施策は今の時点で確立していない由。

とりあえず、本ブログでも【読書メモ】として以下に自己流の要約を列記しおく次第である。
尤も、ここでは本書の第二章『コンクリートとは何なのか』、および第四章『コンクリートの寿命』 に絞ってまとめるに留めた ─ これらの章こそがコンクリート(特に鉄筋コンクリート建造物)の属性上の本質と理想像を集約していると了解したためである (なお、化学反応だイオンだのいうのは僕の担当外なので、そこんところちょっとズボラなメモとなっていることご容赦(笑)。

もちろん、具体的な関心の高い諸兄・諸君は、これら以外にコンクリートの歴史、厳密な反応化学式、政策論などなどのページも併せて読破されることお薦めする。


<1>
・コンクリートは型枠さえ組めば自由な形状が可能、かつ、概して耐久性、耐震性、耐火性に優れる。
特に耐久性においてメリットが高い。
コンクリートは他材料と比べて部材そのものの大きさを必要とし、相対的重量も大きくなるため、構造性能素材としては優れていない、が、まさにその大きさと重さによってこそ、あらゆる可変的な自然環境や過重量や放射線などに「影響されにくい」頑強な素材として活用され続けている。

・生成されたコンクリートの重量あたりの単価は5円/1kgと極めて安価であり、一方で異形鉄筋は60円/1kg、鋼板は80円/1kgもかかる。
ちなみに普通米は400円/1kg、液晶テレビ全体は7,200円/1kgである。
日本における生コンクリートの2012年度の総出荷量は9,200万m3であるが、比重を2.3t/1m3として上の重量単価を適用すると、日本全体の生コンクリートの年間出荷金額は「わずか1兆1千億円」に過ぎない計算になる。
自動車や電機システムなどの工業製品が、大企業1社でさえ年間出荷額が「数兆円以上」に上ることを勘案すれば、コンクリートの「安さ」は驚くべきである。

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<2>
・現代のコンクリート生成時の成分構成比率は、粗骨材(砂利)が約40%、細骨材(砂)が約30%、水が15%、水硬性のセメントが約10%、空気が約5%である。
これら成分をミキサで練り混ぜて合成すれば、数日後に石のように硬化し、コンクリートとなる。
もちろんコンクリートの圧縮強度設定に準じて成分の比率も異なり、概して水が少ないほど硬く合成出来る。

この合成過程で、水硬性のセメントと水とが常温でいわゆる「水和反応」を始めるが、この水和反応の期間(および、その反応に応じた発熱期間)は硬化設定によって大きく異なる。
概して、コンクリート構造物の工事を開始してから、その設計上の圧縮強度が得られるまでに少なくとも1ヶ月程度はかかるが、ダムのような巨大構造物でコンクリート部材厚が50mにも及ぶものでは、全体として水和反応が数十年かけて進行する。

・コンクリート生成時の素材はみな密度が異なり、セメントは3.1~3.2g/cm3、砂利と砂は2.5~2.7g/cm3、水は1.0g/cm3である。
ゆえに生成の過程で水が上辺に上がって行き、一方で他の素材は沈み込み、それから乾燥過程での収縮を経て、何らかのひび割れがどうしても起こってしまう。
生成過程において一切のひび割れを発生しないコンクリートは、未だかつて存在したことがない。

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<3>
・「鉄筋コンクリート」が現代文明の最大のインフラ素材として存続している理由。

まず鉄は、地球を構成する金属元素としてアルミニウムに次いで多く存在する、が、自然界では酸化した鉱石の状態に在り、だから錆びやすい(常に酸化状態に戻ろうとする)。
それでも、鉄の鉱石を溶解し銑鉄から鉄鋼へと生成する過程で、硬さと引張強度と粘り強さをいずれも自在に確保することが出来、これが鉄という素材の圧倒的なメリットである。
かつこの過程で、含入炭素量も既に調整されている。
※ ここの箇所は、高炉(転炉)での一酸化炭素放出のフローのことか?
こうして作られた鋼材を建築物の鉄筋として活用するにあたり、その本源的な酸化(錆び)反応を少しでも遅らせるために、耐久性に極めて優れしかもアルカリ性のコンクリートで鈍重に大きく包み込んでいる。 

それどころか。
鉄筋鋼材とコンクリートは熱膨張係数がきわめて近似している。
生成されたコンクリートは、概して温度上昇に伴い若干膨張し、温度下降にともない若干収縮するものの、その熱膨張係数(温度変化1℃あたりの伸縮率)は約 10 x 10-6 / ℃ で、鉄が約 12 x 10-6 / ℃ と極めて近い。
ちなみにダイヤモンドの熱膨張係数は約 1 x 10-6 / ℃ であり、ゴムは約 110 x 10-6 / ℃ である。

以上の理由による鋼材とコンクリートの最強のコンビネーションの実現こそが、現代文明を足元から支え続ける「鉄筋コンクリート」なのである。 

もちろん、熱膨張は工事時点での気温に左右される。
また、建築完了した鉄筋コンクリート構造物において、内部で継続する水和反応の放熱が接触素材と熱交換を行い続ける。
かつ、コンクリートは圧縮に強く引張には弱い(両者の強度の差は1/10~1/13倍ほど)。
これらの要因により、コンクリート構造物の内部で鉄筋との物理的な強度バランスが常に崩れ得ることも留意しなければならない。

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<4>
建造済みの鉄筋コンクリート構造物の内部では、むろん化学反応が確実に進行していく (物質の化学的属性が永遠不変に一定状態に留まるはずがない!)
このためにこそ、鉄筋コンクリート建築はいつか必ず物理的なバランスを失い、崩壊・崩落する。

具体的現象としては、まず、「コンクリート内部の鉄筋」が化学反応を起こして腐食し、酸化(錆び)に向かう例。
これは外部物質の侵入が引き起こす例でもあるが、コンクリート内部の水の構成比率にも影響される(水が少ないほど概して進行は遅い。)

<塩害> コンクリートに海水や融雪剤が付着し続けると、それらの塩化物イオンがコンクリート内部に浸透し、鉄筋を錆びさせ始める。
それで鉄筋が貧弱化し、コンクリートとの重力バランスが崩れ、コンクリートが「引っ張られ」てもろくも崩れ始める、と、その崩れた隙間からいよいよ塩素イオンと水と酸素が内部に入り込むようになり、内部の鉄筋をもっと腐食させ…と、この悪循環でついにコンクリートそのものが崩落する。
なお、80年代までは、コンクリートの組成材料自体に、塩化物イオンを大量に含む海砂を使っており、除塩措置はなされていなかった。

(ちょっとややこしいが) 一般ごみの焼却灰を原料としたいわゆる「エコセメント」を用いて、ごみ焼却炉そのものが建設されたこともあり、これにより総じて低コストのごみ焼却ビジネスが可能であるとして、自治体が事業化を推進しようとした。
だがこの「エコセメント」は通常のセメントの10倍以上の塩素を初めから含んでいた…というお粗末な顛末。

<中性化> コンクリート自身は、内部の鉄筋の酸化(錆び)を防ぐように高アルカリ性を保っているが、空気中の二酸化炭素や亜硫酸ガスが雨水に溶けつつコンクリート内部に浸透すると、そこの水酸化カルシウムと酸化イオン反応を起して、中性化が進む。
この中性化プロセスで、炭酸カルシウムと水をつくり、内部の鉄筋を溶かしはじめるが、特に二酸化炭素は屋外よりも屋内に多く、この反応も進みやすい。


次に、コンクリート自身が病んでいく例。

<アルカリシリカ反応>
そもそもコンクリート生成素材の粗骨材(砂利)や細骨材(砂)の一部は、ナトリウムやカリウムといったアルカリ金属物質にどうしても反応し、自らの周囲にアルカリシリカのゲルを生成、これが水を吸収しやすく膨潤(?)し、水和反応の過程に応じてひび割れを生じさせる。
80年代以前の日本では、コンクリート生成における骨材として輝石安山岩を用いてきたが、これが高速道路などの亀裂やひび割れをもたらし、当時の建設省がコンクリートの骨材規制を行うに至った。

ともあれ事後策としては、コンクリート外部からの水の侵入を遮断しつつ、内部に亜硝酸リチウムを注入してアルカリ金属反応を固定化すること。
かつ、いわゆる低アルカリセメントを用いて新たにコンクリートを生成してもいるが、それによる建造物に対しても、アルカリ金属物質(海砂の塩化物や飛来塩分)が侵入してしまう。


<侵食>
酸、無機塩類、硫化水素、亜硫酸ガスが、コンクリート建造物中のセメント水和物質と化学反応して、コンクリート内部で水に溶けやすい物質を新たに生成してしまう。
これがコンクリートをも溶かすことになる。
特に硫酸塩が、セメント水和物質における水酸化カルシウムと反応すると、石膏のような膨張性化合物が出来、コンクリートを破壊、下水道関連施設で多く見られる現象である。

上述以外にも、水分が誘発し内部水圧を狂わせる物理現象として、温度が零度以下の状態でコンクリートのひび割れが次第に大きくなるケース、表面の水が凍結することでコンクリートが体積膨張を起して剥落するケース、また生成素材であった粗骨材が水分の凍結で壊れるケースもある。
さらに、内部の鉄筋に電流がおこりコンクリートが軟化するケース(電食)もある。

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<5> 
アメリカでは、1930年代の建造ラッシュで建てられた鉄筋コンクリートのインフラの多くが、早くも60年代までに落橋などの事故を起こしているにも拘らず、維持管理や補修などの措置は十分とはいえない。
さすがに80年代以降、鉄筋コンクリート建造物の崩壊崩落の危機意識が高まるにつれ、消費ガソリンあたりの燃料税という形でこの維持補修の財源確保を図ってはきたものの、それでも2004年時点の査定では「欠陥橋」がアメリカ全体の27%におよぶ。
この危機管理と対処策が、今後のアメリカ経済活動/成長を阻害しうる巨大な難題で在り続けている。

さて、戦後日本の高度経済成長を支えてきた構造物群の多くが、既に建造から50年を超えようとしている。
かつ、日本の地理的要件を鑑みると、気候(気温)変動や海からの飛来物質などが鉄筋コンクリートにもたらす化学/物理作用は、アメリカよりも更に大きい ─ ともいえる。

戦前の日本のコンクリートは、現場でマニュアルに塗り固めていく工法をとっており、現代でも表面はともかく物理的な崩壊は相対的に少ない。
物理的な崩壊が多いのは、むしろ戦後のコンクリート建造物であり、その理由は生コン製造工場で製造されるコンクリートの「軟らかさ」が仕様で求められるようになったため。

そもそも、高度経済成長期の大量かつ急速なコンクリートの需要に応えるため、コンクリート調達効率の向上が追求されるようになったが、そこで採用された方式は、製造工場を出荷後に工事現場までまとめて搬送しさらに現場で高速のポンプ圧送をするというもの。
この高速調達方式に応えるべく、生成時にセメントの水の構成比を高くした「軟らかいコンクリート」が積極的に採用されるようになった。

この、軟らかい=概して「寿命」の短いコンクリートが戦後日本のインフラに大量に採用されるに至る。

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<6>
現在の土木学会の『コンクリート標準示方書』では、鉄筋コンクリート構造物の「設計耐用期間」が一応は定義され、それは構造物の使用、維持管理、環境条件を考慮しつつ機能目的を満足させうる期間とされている。
また同示方書では、耐久性、安全性、復旧性などの「要求性能」も使用目的に準じて定義されている。
ただ、これらを総括的には理解し得るとしても、「経時変化」への抵抗性とそれぞれの「要求性能」との完全な相関が明示されていない → 鉄筋コンクリートの寿命の科学的な定義は無い。

この現状において。
・塩害、中性化、アルカリシリカ反応、化学的腐食などの化学反応
・戦後に採用された軟化コンクリート
…といった要素を考慮して、「現代の鉄筋コンクリート構造物の寿命はとりあえず100年程度」とおいている。

しかし、100年設定を超える耐久性が要求される場合には、変質、水和物溶脱も考慮しなければならない。
ここで、リスクではなくメリットとしてとりわけ注目されているのが、コンクリートが本来的に有する「炭酸化反応」の性質である。
中国の大地湾遺跡から出土したセメント系材料は約5,000年間もほぼ原型を留めていたとされ、その理由は炭酸カルシウムの働きで表面が極めて滑らかになってきたため。
極度に滑らかな表面は、水をほとんど全て流してしまい、内部に侵食させない。

この炭酸化反応を応用した新型のコンクリートが、既に日本の大手建設会社、セメントメーカ、建材メーカによって共同開発されている。
しかもアルカリ度も低くもともと中性に近いため、自然生物環境との共存にも適するという。
この新型コンクリートは理論的には10,000年!の寿命とされており、もしインフラ構築に実用されれば補修回数(とコスト)を大幅に減少させることになる。

以上