2015/08/31

【読書メモ】 「わかる」とは何か

「わかる」とは何か 長尾真・著 岩波新書
2001年に初版のもの、著者の長尾氏は情報工学者として斯界にて広くご活躍、また元・京都大学総長。
本書は、人類がこれまで数理科学にて獲得しまた活用してきた幾多のリーズニングつまり 「推論規則」、その信頼性について探求した軽妙な哲学書である。
「わかるとは何か」とエンタイトルされつつも、本書の大半はむしろ我々が科学や論理を 「誤解するのは何故か」 との問いかけであり、深く遍く展開される論理論考が楽しい。
とはいえ、抽象思考のみならず、前世紀以来ずっと議論喧しい科学/技術論も数多く例示され、それらを斜め読みするだけでも大意は捕捉しうるもの。
(たとえば、クローン技術、原子炉、地球温暖化、クォーク、ダイオキシン、コレステロールなどなど。)

さて本書の核はなんといっても、第2章 『科学的説明とは』 および、第3章 『推論の不完全性』 にて呈される、「推論規則」 への様々な考察そして疑義。
よって、此度の 「読書メモ」 にては、この第2章と第3章を論考の始点とあえて捉えつつ、僕なりの所感交えて要約してみたい。



・自然科学や数学における「説明」は、「なぜ~~であるか」 と根拠を明示するためになされる。
とりわけ物理学や化学は、或る現象の 「生起する理由」 と 「原因」 を説明すべきもので、これらこそが典型的な科学的説明の学問である。

・或る事象 E が生じたことへの説明は、基本的には「演繹モデル」をもってなされる。
これは、或る幾つかの事象(状態) C1, C2, ... と、或る幾つかの 「推論規則」 L1, L2, .. をうまく組み合わせて、事象 E の生起を論理的帰結とする道筋発見のプロセスである。
このなんらかの 「推論規則」 L1, L2 ... はそれぞれ、「A(前件) ならば → B(結論)という形式」 をとっている。

ここで仮に、或る事象 C と ひとつの結論 D を結びつけるにあたり、推論規則として L1を A→B とし、推論記録 L2 を B→D とすると、証明の演繹モデルは以下のようになる。
まず C=A が間違いないものとして、 A→B (推論規則 L1) を適用すると C→B である。
C→B であれば、B→D(推論規則 L2 ) が適用出来、C→D といえる。
これが演繹的証明サイクルの例であり、この C→D のような演繹証明をさらに何通りも何重にも積み重ねていけば、いずれは E に帰結。
この E が当初からの証明目的、かもしれぬが、あるいは新たな発見定理たりうる。

・さらに、「推論規則」 の積み重ねプロセスには「確率的/帰納的モデル」もある。
これは採用する 「推論規則」 L1, L2 ... が先験的なものではなく、人間の経験則に拠った論理であるとし、それぞれ推論規則が或る確率で成立するに過ぎぬとするもの。
上と同様に、たとえば或る事象 C1 と C2 が確かな事象であり、ひとつの結論を D を導くとしても、ここで採用する 「推論規則」 L1, L2 の成立確率がそれぞれ P1, P2 ...(0≧P≧1) に過ぎないならば、ここから導かれるひとつの結論 D の論理的な正しさも P1 x P2 に過ぎないことになる。
※ 養老孟司氏などは、生命現象が統計上の歩留まりに如かず、帰納的推論から「とりあえず」理解されているに過ぎない由を説かれている。

(なお、数学的な帰納法は、ある所与のモノの性質Pが無限の自然数回において成り立つことを証明する思考パッケージでしかない。)
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・問題は、あらゆる事象から結論への説明プロセスにて採用される 「推論規則」 の妥当性や信頼性。
普通、数学における幾何の公理などは、我々にとって先験的に与えられた「推論規則」 ということにされている。
しかし、「本当に」先験的に正しいといえるのだろうか?

18世紀のヒュームによれば、或る複数の事象が連続して確認されるとき、そこに見出しうる公理や法則(つまり推論規則)が真に先験的な因果律であるかどうかは別にして、我々人間は「経験的に」それらを必然化する傾向がある。
ならば本当は、いかなる公理や因果律とて、もともと誰かが過去に経験的に帰納推論したものに過ぎないことになる。
一方、K.ポパーは、科学の論理構築において「事実が法則に合致しない」反証例を示してこそ、それまでの科学が基礎から変えられる、と主張。

とはいえ、自然科学や数学における既得の 「推論規則」 そのものを根拠無きものと切り捨ててしまえば、学問はそこで終わりである。
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いったいどういう判断から、我々は或る 「推論規則」 が正しく採用されていると見做せようか?

たとえ帰納的な(確率上の)推論プロセスであっても、対照実験など実際の検証を繰り返し、「正しい推論規則」 のみ厳選につとめれば、演繹的推論と同じく事実から結論へ正しい道筋をたどった、と信頼されうる。
しかし実際の科学の現場においては、特定の 「推論規則」 が黙殺されやすく、一方では過度に一般化されやすい 「推論規則」 もある。
そのため、或る事実から推論されたはずの或る結果が信用しがたいものとなる場合もある。

そもそも、或る事象C から或る結論への説明において、何らかの A(前件)→B(結論) という 「推論規則」 を適用するためには、その事象C と A(前件)が部分的にでも対応していなければならない。
それでもなお、結論が予期せぬものとなったのであれば ─ それはニュートン力学に量子力学が加わったように新たな 「推論規則」 の発見であり、これが科学の拡大である。

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科学的説明においては 「定性的な推論規則」 ではなく、「定量的な推論規則」 の採用が必須である。
「定性的な推論規則」 ばかり採用すると、科学的説明において論理的な自己回帰、つまり或る推論の結果がまた同じ前提となるか、あるいはその前提自体を否定するものへと至りうる。
(※ これは僕なりにいろいろ思い返すところ、概してソフトウェア関係者は定数的な推論規則を好み、前提と結論の堂々巡りをしがちであったが、ハードウェア関係者は定量的な推論規則を採って結論を導く場合が多かった。)

・ただし、或る世界(系)で定量的に成立する 「推論規則」 が、別の世界(系)でも成立するとは限らない。
そして、その「推論規則」 が 「どこで、どのように成立しえないか」 を理論的に知ることは不可能である。
尤も数学であれば、或る 「推論規則」 がいつでも成り立つか否かは背理法(対偶)によって判断することが出来る。

・なお、或る人が或る推論のプロセスにて、何故に特定の 「推論規則」 を当てはめ更に組み合わせるのか、その本当の理由説明は今のところ不可能である。
これは、或る事象の生起からその結果を説明するプロセス(前向きの推論)であれ、あるいは逆に或る事象結果からその生起原因に遡るプロセス(後向きの推論)であれ、同様である。

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…以上、如何であろうか。
本書はp.90以降にて、或る推論規則の採用理由を専門家が一般社会に理解させるため、どのような工夫が求められるか、と続く。
ここから先は科学と社会の合意や誤解について検証したエッセイであるが、上にまとめた 「推論規則」 選択妥当性への疑念をふまえつつ読み進めることをお勧めしたい。

2015/08/30

夏休みの高校3年生へ 【解答編】

<夏休みの高校3年生へ  (1) 問題>
http://timefetcher.blogspot.jp/2015/07/blog-post_6.html

数学編の解答:
これは或る数理パズルの改編版。
何人目の人間が、どの瓶をどのように入れ替えたか
…という具合に各人の 「交換アクション」 と各瓶の中身を1対1で検証/計数していくと、100人の 「交換アクション」 と100本の瓶それぞれの対応マトリクスをつくることになる。
これはかなり冗長で面倒なもの、うっかり間違えても気づかなかったり。

だが、もっと遥かに簡単な捉え方があって、要するに本問で求められているものは、「最後にソーダ水が入った状態の瓶の本数」 。
そもそもどの瓶に対しても、「コーラ→ソーダ水」、あるいは 「ソーダ水→コーラ」 といういずれかの 「交換アクション」 が誰かによって為されており、それぞれの瓶ごとの 「交換アクション」 回数を追求すればよし。
そしてここでは 「コーラ→ソーダ水」 という 「交換アクション」 状態で終わった瓶の本数…つまり、奇数回の 「交換アクション」 を施された瓶を特定すればよいことになる。
(偶数回のアクションを施された瓶は、必ず 「ソーダ水→コーラ」 の状態で終わっている。)

そもそも、「n人目の人」 が 「nの倍数番目の瓶」 だけに 「交換アクション」 を施すとの本問の前提。
これを瓶の側から捉えると ─
1番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目のみによって為される、つまり 1回。
2番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と2人目によって為される、つまり 2回。
3番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と3人目によって為される、よって 2回。
4番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と2人目と4人目によってなされ、3回。
5番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と5人目によって為され、2回。
6番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と2人目と3人目と6人目によって為され、4回。
7番目の瓶への 「交換アクション」 は、1人目と7人目によって為され、2回…

さぁ、勘の良い人はもうお分かりですね。
ここでは 「交換アクション」 が奇数回為される瓶を特定すればよいわけだから、これつまり、1 から 100 までの自然数のうち約数が奇数個ある n (番目) を求めればよろし。
それは平方数にほかならない、よって、 1, 4, 9, 16, 25, 36, 49, 64, 81, 100 番目の瓶が、「交換アクション」 が奇数回で終わったもの、すなわち本問における 「コーラ→ソーダ水」 で終わった瓶である。

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現代文編の解答案:
本題は、中村雄二郎・著 『哲学の現在』 (岩波新書版) からの抜粋により、現代文課題として僕なりに問題作成してみたもの。
だから以下に記す解答案も僕だけのものである。

我々人間が芸術作品に接するときに抱くイメージは、実在としての 『もの』 が元来有する物質性に依っており、我々は既存の芸術のうちにそれら物質性の構成を理解し習得することによって、おのれのイメージをも活性化し組み替えて、新たな創造をも実現しうる。
(ざっと120字)

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<夏休みの高校3年生へ  (2) 問題>
http://timefetcher.blogspot.jp/2015/08/blog-post_3.html

数学編の解答
ガニマール警部の演繹的推論に則って、「ルパンの犯行予定日を事前に知ることは可能」 と断ずることは、間違ってはいない。
だが一方、シャーロック=ホームズの言も、「ルパン本人の真意を我々が分かるわけがない」 とみれば間違ってはいない。
つまり、両者とも正しいことになる。
根拠は、そうとしかいいようがないから。

え?なになに?ふざけるな?そんな解答があるか?
あるんだよ。
これは有名な数理パラドックスの超難問 「抜き打ちテストのパズル」 をもとにしたもの。
僕自身も仔細は知らないが、たとえばゲーデルの不完全性定理によれば、この問題は数学によって正答を1つに絞ることは出来ない由。
ただ、今回出題のものはいわゆる数学的帰納法 (n=k のときに Pk が成り立し、n=k+1 のときにPk+1が成り立つ、だからどのケースでも…) が現実として必ず成り立つか、を考えさせるヒントにはなるまいか。
(なお本当の帰納法は、公理や論理的前提ではなく、事実が確率的に発生するとの前提から推論していくもの。)
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現代文編の解答案
「あなたの主張と論拠」 を記せとの問題形式ゆえ、解答案はあえて記さない。
ただし、一つだけ留意しおきたい。
「経験」 「責任」 「ケンカ」 「チーム」 の4つは対人的(社会的)な尺度とフィードバックに則った相対的な語、おのが主観のみで絶対に完結出来ない観念である。
むろん自由作文課題であれば、あえて仲間や身内とのふれあいをズームアップする必要もないし、逆にそれらの仔細に則ったとて、主観ばかり記せばまともな経験論や責任論には仕上がらない。
何をした、何を学んだ、何を得た、さぁこのとおりです、といった具合に日頃から相対的な give and take を客観表現する訓練が重要である。
(きっとこんごは国際化に則ってもっと重要になる、いいか悪いかは別として。)


以上

2015/08/28

時を駆ける美女

高校2年生のころ。
英語科の臨時教員として、非常勤の若い女性がとつぜん赴任してきた。
かなり背の高い、颯爽とした美人で、綺麗な瞳はいつも視線がまっすぐ、それよりも身のこなしがもっとまっすぐで、精巧な機械人形のよう。

まだ大学を出たばかりだそうだ、そういえばカナダ国籍らしいぞ、どうりであの風貌といい、あの雰囲気といい、ほらハリウッド女優でミステリーものに出てくる、何だったっけなァ、あの女優…などなど楽しそうな男性教師たちの言。
それらを僕ら生徒の側がさらに楽しくつなぎあわせて、「ボンド=ガール」などというあだ名を付けて面白がった。
着任から1週間と経たぬうちに、彼女は我が校で知らぬ者のない超美人ということになった。

彼女はいつも静謐としていたが、授業はのどかで楽しかった。
あっという間に1学期が終わり、彼女は学校を去っていった。
あの超美人先生、ずっといてくれればいいのになぁ、と僕たちはガッカリした。

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さて。
夏休みシーズンに入ったある朝のこと。
7:00をちょっとまわった早朝であったが、僕はほんの気まぐれから、市のはずれにある総合運動場まで出かけてみた。
陸上トラックに足を踏み入れて、僕はドキリとした。
真夏の朝陽が静かに照りつける、誰もいない孤独なフィールドを、まっしろなトレーニングウエア、綺麗なフォームと大きなストライドで走っているのは…
あっ!あれは超美人教師の彼女ではないか!

ぼやーっと見とれていた僕に、彼女もとっさに気づいたようで、軽く手を挙げて、そのままトラックを一周するとまっすぐに僕のところまで駆け寄ってきた。
「おはよう、山本くん、君も走りに来たの?」
「いえ、そんな…」
「せっかく来たんだから、一緒に走りましょう」
「いえ、遠慮します、僕は走るのは苦手で」
「ハンディ付けてあげるわよ、さあ!」
彼女に腕を引っ張られて、僕はトラックに立っていた。
そして、じっさいにかなりのハンディを付けて競争したのだが、彼女は疾風のように僕の脇をかーるく追い抜いていったのである。

「すごいですね!」 やっと一周し果せた僕は息せき切って大声を挙げていた 「……先生、まるで竜巻みたいだ!…」
「あっははは。あたしはもう、あなたたちの先生じゃないわよ」
彼女のこのような快活な声を聞くのは、初めてだった。
かすかに柑橘系の匂いがした。
「ねえ、走ると気分がいいでしょう?、山本くん」
「はぁ……あのぅ、先生はどうしてこんなランニングを」
「内緒よ」
「……はぁ?」
「ねえ山本くん、あなた、これから毎朝いらっしゃい。一緒に走りましょう!」
僕は弾かれたように頷きかけたが、それから慌てて首を横に振り、「いえ、あのぅ、結構ですから」
そして僕は逃げるように運動場をあとにした。

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翌朝、僕は何度か逡巡したものの、結局は彼女の指示通りに7:00に総合運動場に向かっていた。
もしかしたら、陸上部や野球部の連中が一緒に走っているんじゃないか、そうだとしたら僕なんか相手にならない、いや、相手にされない。
まさか、まさか…とドキドキしながらトラックを見やれば。
彼女はやはり一人で走っていた。
「来たのね山本くん!じゃあ今日も一緒にランニングしましょう!」

こうして、夏休みの早朝の不思議な日課が始まった。
彼女のランニングはとにかく凄まじいもので、トラックを何周も続けて駆け抜けながら、ほとんど疲れた様子を見せない。
僕がハァハァと懸命に走り続けるすぐ脇を、彼女は跳ぶようなストライドで何度もなんども追い越して、すーーっと遠のいていく。
「追いついてごらん!」 彼女が楽しそうに叫ぶ。
「追いつけたら、デートしてあげる!」
「ハイっ…いいえっ…ハイッ!」
肩で息をしながら、僕はそんなふうに答えるのがやっとだった。

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こんなふうに楽しくも厳しい早朝ランニングが小一時間。
それからシャワーを済ませ、二人で上水道沿いの並木道を、ちらりちらりと木漏れ日を正面に浴びながら歩いてゆくのが、決まりのコース。

その道すがら、僕はおそるおそるデートという言葉を思い起こしては、キュッキュッと消し去りつつ、キラキラッと朝陽に輝く彼女の端正な横顔をさりげなく盗み見る。
「あのぅ、先生はどうして日本へやって来たのですか?」
他に呼びようが無かったので、「先生」で通した。
「叔母がこっちに居るからよ、それに、日本が好きだから。あなたたちもみんな好きよ」
「じゃあ、そのぅ…これからずっと日本に」
「さぁ、どうなるかしらね」
「あのぅ、それで、今度はどこの学校へ」
「わからないわ」

しばらく歩いて、並木道を右に曲がり、通りに面したファミリーレストランへ。 
そこで、ちょっとお茶を、となる。
レストランの時計を確かめれば、朝9時をまわっている。
「あのぅ、先生、以前から訊きたかったんですけど」
「なぁに?」
「先生の、その腕時計。いろんな文字みたいなのがいつもチラチラと光ってますけど、いったい何なのですか?ランニングと関係が…」
「ああ、これね。うっふふふ、もし分かったら、ちゃんとデートしてあげるわよ。でもね、あなたには言えないものなの」
「なんだか、その時計を見ていると、時間が経つのがちょっと遅くなるような気がします」
などと、子供っぽい僕なりにちょっと工夫を凝らした会話のつもり。
それでも彼女は、 「あら、そうかしらね」 などと。
いつも誤魔化される。
そんな時、彼女の腕時計は悪戯っぽく点滅するのだった。

そして昼前にはレストランをあとにして、じゃあまた明日もね、ハイもちろんですと、簡単に声を掛け合って、そこで別れるのだった。

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本当の別れは、とつぜんやってきた。
その朝は素晴らしい快晴であったが、彼女はいつになく張り詰めた表情で、無言でトラックを走り続けていた。
そして、30分ほど走った頃だろうか。
風がにわかに強く吹きはじめていた。

ふと立ち止まった彼女は、いつもの不思議な腕時計を、やにわに僕の眼前に掲げた。
「ねえ、この時計」
「はぁ?」
「光が停まっているでしょう」
「はぁ」
「たった今、すべてが位相からはずれたところなのよ」
「へぇ」
そっけない口調でこんな言葉のやりとり ─ だが、ここから彼女は驚くほど鋭い口調に切り替え、僕の眼をまっすぐと覗きこみ、そして決然と言い放ったんである。
「ねえ、山本くん!一度だけしか見せないから、ちゃんと見届けてね!」
「えっ、何が?何を?えっ」 僕は狼狽していた。
「これから 『時間』 に挑戦するのよ!ねえ、お願いだから見てて!」
言いおくやいなや、彼女はジャージを脱ぎ捨て、レーシングスーツ姿となった。

初めてまともに目にした肢体に唖然としている僕の、ほんのすぐ前に、彼女は敢然と逆風に向かい立ち ─ びっくりするほどの速度で一気に疾走し始めた!
美しくも可憐なほどの獣性をもって、彼女の身体は宙空を突き抜けるようにいよいよ加速、あっという間に200mを駆け抜けていた。
その瞬間、彼女は大声で叫んでいた 「やった!我が新記録!向かい風!」
それからしゃくりあげて、泣き出した。
僕はしばらくは固唾を飲んで立ちすくんでいた。

やがて。
彼女は真っ白な顔で、僕のもとへ無言で歩み寄ってきた。
さっきよりももっと決然とした、けわしい表情が僕のたましいをキュンと締め上げ…
あっ、まさにこのせつな、彼女の腕時計がまた光り始めたのだった。
高貴なかがやき、残酷なほどに。
そして、彼女はその腕時計を静かに腕からはずし、なんと僕に突きつけたのである。
はずみで僕はそれを我が手に受け取ろうとして、否、僕は何か大きな力が体内に吹き荒れるような不思議なあせりを覚え、あっと拒みつつ後ずさりしていていたのだった。
すると、彼女はほんの一瞬だけ笑ったような、いや、笑い泣きのようなせつない表情を浮かべ ─ だがそれもすぐさま一転、今度は教師の顔を取り戻すと、思案げに僕の顔を見つめ直していた。
それから、彼女は僕を制しつつ、さよならと小声でささやくと、一人でトラックを去っていった。
去り際に、彼女の腕時計がひときわ眩く輝いたように見え、彼女はもう一度こちらをちらりと振り返り、何かを呟いたようだった。

それが彼女を見た最後になった。

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その夜、彼女の名前と「200m走」でネット検索して、彼女がカナダの大学在籍時に州の代表候補であったことを初めて知った。
彼女の家に電話を入れてみたが、既にカナダへの帰国の途についているとのことだった。
僕は半泣きのまま、彼女が残した幾つかの記録をあらためて確かめてみた。
そのどれもが、惜しくも 「追い風参考値」 に留められたものであったが、もっと驚かされたのは、それぞれの記録年月日と彼女の年齢表記に微かな矛盾が見出されたこと。

あの不思議な腕時計。
あらためて回想すれば、彼女とともに過ごした真夏の日々はつい先日のことのようでもあり、はるか昔のことのようでもあって。
それでは ─ 彼女が僕の眼前でやってのけた、逆風での奇跡的な快走は、いったいどこに位置づければよいのだろう。
僕はいよいよ訳が分からず仕舞いである。

おわり

2015/08/22

コストパフォーマンス

ちょっとだけ、思い出話を。

かつて、イングランドにおける或る大手金融機関の技術部門と協業する機会があり、その関わりで北イングランドの某市に滞在していたことがある。
或る夕刻、ホテルの自室に戻った僕のもとに、その技術部門の女性社員から直接電話があった。
「ハロー、タク!あなだだけを夕食会にお誘いします。ご同道の課長と技術者にはご内密に」
彼女いわく、うちの会社より提示の技術提案書が要領を得ぬもの、といってうちの課長や技術者に語らせるとなおさら訳が分からぬ、ついては僕だけを呼びつけて技術提案書の主旨を概略させたい由。
それが済んだら一緒にディナーを、と。
な~んだ、やっぱりそういうわけか ─ と、ちょっとウンザリもしたが、このようなお客様直々のご指名は他のケースでも幾度となく経験してきたので、はいはい分かりましたと僕は空きっ腹かかえて 「こっそり」 赴いていった。

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数人からの女性担当者を相手に、当方からの技術提案内容をサラサラと一通り概説、まずは事なきを得た。
(こういうコンセプト要約と一般化はもともと僕に向いているのかな。)
それから一同で夕食のレストランに向かった。

ディナーテーブルを囲んで、彼女たちとデフレだのインフレだのと談笑していると、女子大生のような風情の社員が悪戯っぽく挑発してきた。
「タク、ちょっと質問。リベラルな見地から捉えてみれば、電子化は必ずヒューマンコストの削減をもたらすでしょう?もしうちの銀行業務の電子化が徹底された結果、全社員の仕事が無くなったら?」
「それは一面しか捉えていませんよ。電子化の目的は、コスト削減よりもむしろ正確で大量な業務処理の実現にあります」
僕はそう答えつつ、グラスを傾けた。
やや年配の女性マネージャが、おどけた笑い声を挙げた。
「まあ、少なくとも電子化の翌朝にみんながクビになるわけじゃないわね。その代わり、ITプロパティ維持のために非創造的な雑用が増えるわね」
「そしたらみんなの給料が下がるでしょう」 と、女子大生風情の社員が間髪入れずに。
「だけど、あたしたち金融機関の利益率はきっと向上するわよ」
「そうかしら?」
その二人を遮って、僕は一気にたたみかけた。
「非創造的な雑用コストは、うちの非創造的な電子化システムにて克服致します。したがい、皆さんは創造的なハイプロファイル業務に就くようになるでしょう ─ これまで以上に」
ドッと一斉に笑い声が起こった。

そして、それまで黙っていたスコットランド訛りの女性マネージャが口を開いた。
「社会全体への影響についても訊きたいわね。もしもあらゆる生産セクターが電子化による生産性向上に努めたら、人間にとって望ましいことなのかしら?」
「もちろんです」 と僕は答えた。
「電子化による生産性向上で、この社会のあらゆる財貨プロパティが充足され、だから経済学が長年かかえてきた希少性の難問は解決します」
「じゃあ、リベラル思想は不要となり、社会保険制度も不要となるわけね」
「そのとおりでございます。戦争もストライキも二度とは起こりません。我々はあらゆるコストから解放され、利益率の追求に勤しみ、生産性がいよいよ向上し、みなが豊かになるわけでして」
僕はまた早口で言ってのけた。
「タク、面白い話ね。アンチ=リベラルとスーパーリベラルを同時に追求しているのね」 と続けたのが、件の電話の女性マネージャであった。

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リベラル、リベラル、と聞かされたため、僕は咄嗟に思いついて、逆に彼女たち全員を見回しつつ問うてみた。
「皆さん、イングランドでも有数の大銀行にお勤めです。だから、やはり保守派なのでしょう?」
「オゥ…」 妙な響きの嘆息が、口々に挙がった。
「あの、こんな質問はいけなかったですか?」 僕はちょっとしどろもどろになった 「ええと…ちなみにですね、日本では一番多いのは中庸なんですよ。ミニ政党がわんさかとありますから」
「日本でも、大企業は保守派が多くて、中小企業はリベラルが多いの?」 と、さり気ない口調で訊き返してくれたのが電話の女性マネージャであった。
「まあ、そうです」 僕はほっとしつつ答えた。
「日本の保守って?シントーのこと?」
「神道というか、まあ、天皇を象徴にいただく国というわけでして」
「テンノー・エンペラーはリベラルではないの?」
「いや、その、天皇はリベラルとか保守といった色分けは出来ないわけでして」
しばし、沈黙があった。
それから。
「Thank you, everyone ! 」 と、電話の女性マネージャが突然立ち上がると、グラスをぐいっと傾けて、もうそろそろお開きにいたしましょう、と。

そっと察するに。
どうやら、リベラル論ついては様々なコストパフォーマンス比較探求が世界いたるところで喧しいようだが、保守論については如何なるコストとの相殺をもってしても成立し得ないようである。
リベラルはいくらでもありうる、だが、「保守」はたった一つしかない。

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まあともかく、出張に同道中の 「アホみたいなインフレオヤジ」 を彼女たちとのディナーに同席させなくてよかった。
「アイラブローズガーデン、ティータイムイズグッデスト、イエーース、アイアムゴルファー」 などと、また無意味なおふざけの連発で、 「余計な復旧コスト」 ばかりが増えるところだった。
…と、その時は考えたものだが。
いや ─ もしかしたら、コスト発生源のようなアホオヤジがわんさかと居たからこそ、かつて日本は景気拡大を持続することが出来たのかもしれない。

以上

2015/08/14

【読書メモ】 シャノンの情報理論入門

シャノンの情報理論入門 高岡詠子・著 講談社Blue Backs

そもそも僕なりにこの 「読書メモ」 ブログの大前提として、普遍性と学術性の高い本の紹介を第一義とおいてきた。
あわせて、基礎的な教養力をあらためて問いかける良作を選んできたつもりである。
そこで本書についてであるが ─ シャノンほか往年の数理エリートたちによる情報符号化と伝送効率化へのイノベーションについて、とりわけ初学者を対象とした講義形式をとりつつ、段階的に解き明かしてゆくもの。
とりわけ本書にて特筆すべきは、透明な文体の瑞々しさ、エッセンスに絞ってピックアップした軽量な構成もさることながら、随所に見られる数理概念の普遍化表記である。
特に、情報における「価値のわからなさ=量的な冗長性」を軽減するために必要なデータ(ビット)量を、コミュニケーションにおける「質問の回数」として例示化しているところが秀逸だ。

ただ、もとより情報通信という多元的な技術体系の概説であるから、情報の価値化、量化、伝送効率化へと論旨展開していく過程にて、同根の数理観念が縦横に拡大されていく。
ゆえに、工業技術製品のような独立完結的な機能論は、おそらく困難であろう。
そして、それゆえにこそ敢えて申せば、本書案内の主要な数理技術それぞれについて 「目的」 「着想」 「一般式」 「応用化」 と明確な箇条書きの形式をとっていれば、ヨリ捕捉しやすいコンテンツとなりえたのでは?

また、本書における 「情報」 という記述はむしろ、情報通信システム系に取り込まれた処理対象として 「情報データ」 と読み替えた方が分かり易いのではなかろうか。
よって、以下の僕なりの読書メモにては、まこと勝手ながら、すべて 「情報データ」 として記しおくこと念押しされたい。
とともに、本書の章立てにはあまり拘らず、本書の前半部について要点のみを列記したつもりである。


通信路符号化の定理

情報データの出力スピードを、ユーザによる情報自体への期待値(逆に言えば不確定さ)として情報エントロピーという観念をおいて数値化、具体的には情報データの大きさと出現確率の積によって伝送必要ビット数を定義する。
(これが情報データの自己情報量の式である。)

或る情報通信系にて、特定の情報データX の伝送に必要なビット数を H(x) とおく。
ふつうは2を底とする対数表現。
一方、その情報データX が発生しうる確率を P(x) とする。
この関係式は H(x) = log2(1/P(x) ) = -log2P(x) ビット数

ヨリ一般化させ、この特定の情報データ X がおのおの排反するM個の事象 a1, a2, a3 ... an として存在し、それぞれ発生確率が P1, P2, P3 ... PM (総和が1として)ならば、伝送必要ビット数は以下の式で総括出来る。
             M
H(X) = - Pi log2Pi ビット数
               i=1 
ただし、これらP1 ~ PM発生確率がすべて等しい場合に、伝送必要ビット数(つまり情報エントロピー)は最大となってしまう。

・なお、或る情報データ (例えば文字データ)が特定の配列パタンで連続出現する「定常出現確率」 と、それぞれの値の条件別発生確率を掛け合わせると、その全体としての定常出現確率を算出可能。
これが大きければ大きいほど伝送必要ビット数を節約出来る(情報エントロピーを小さく抑えられる) - つまり高速データ通信にてキャパシティを節約出来る。

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情報源符号化の定理について。

或るアナログ情報(波形)をデジタル符号の情報データにまで変換するステップとしては;
アナログ波形を一定時間ごとに区切って「標本化」(サンプリング)
→ それぞれ標本時間あたりの振幅値を整数値として「量子化」
→ 量子化された整数値を2の乗数による量子化ビット数として、2進法で離散的に符号化
この符号化により、情報データは圧縮が可能。
※  なお、音として人間が認識出来る最も感度のよい振動周波数は4kHZ
※※ 音楽CDの場合には量子化ビット数が16で、2の16乗まで量子化表現している

・情報データにおける「或る記号」の符号化にさいして、その形式要件は;
受信側が「一意に識別・復号出来る論理形式」であること
その上で、受信側が試行錯誤なしに「瞬時復号」が出来ること
(たとえば、量子化ビット数の0/1符号が000や0000など紛らわしい連続出現を起こさないように符号形式を定めること)
かつ、平均符号長が短いことが必須である。

・ここで、情報データにおいて或る4つの異なった記号が等確率(それぞれ1/4ずつ)で発生する場合を想定してみる。
この4つそれぞれの記号表現に2ビットずつ必要として;
(2 x 1/4) x 4 = 2 つまり平均で 2ビット長 の符号を用いれば事足りる。
一方、この場合の伝送必要ビット数は、上に挙げた通信路符号化定理の一般式から
H(x) = 1/4 (-log2 1/4) x 4 =2 ビット数

こうして符号長を伝送必要ビット数(情報エントロピー)に圧縮すれば、最適な符号長が定まる。
そのためには、出現確率の小さな記号は符号長を長くとり、出現確率の大きな記号は符号長を短くとればよい。
そして、シャノンが数学的に証明した情報源符号化定理の本質は、「瞬時復号が可能ないかなる符号の『平均符号長』も、伝送必要ビット数(情報エントロピー)以下にはならないということ。

ここが、本書 p.96以降に示された最初のテクニカル・ランデヴー。
さらにシャノン・ファノ符号化法、およびハフマン符号化法へと、符号長圧縮のための数理的なイノヴェーションが続く……

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さて。
本書はとくにp.121から難しくなり、とくに「相互情報量」 「条件付きの情報エントロピー」、 さらに「通信路容量」 実践的な関係がつかみにくい。
通信路における送信側と受信側のデータ通信によって必要データ量(情報エントロピー)を減らせうる由か?
あるいは通信を起こす以前に、情報データ量の軽減を為しておくべきか?
ただ、上に上げたいくつかの一般式同様に、以下も数学的には簡易なものである。
条件付き情報エントロピーと相互情報量についての関係式
通信路における誤りデータの発生率と通信路「容量」についての関係式 ほか
よって数式から実体実像を強引に読みとくことも思考鍛錬になりえようか。

なお、本書最後段では、フーリエ変換(逆変換)に基づいた周波数標本化の要領についての案内もあり、物理学に通じた人なら理解容易なのではなかろうか。
(僕は分からないけれども)。

以上

2015/08/03

夏休みの高校3年生へ (2)

(1)に続けて、やや長尺な思考を求めるパズルをあげておく。
小一時間で片付ける学校の勉強ではなかなか取り組めない、大胆な思考トレーニングのつもりだ。
では、(1)と同様、執着心をもって取り組んでみよう。
数学現代文それぞれ、今回は解答制限時間を120分とおいてみようか。

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数学編

怪盗紳士アルセーヌ=ルパンからの犯行予告が、パリ警視庁に届いた。
ざっとこんな内容である。
8月の15日から31日まで、いずれかの日に、かねてから狙っていた黄金のピラミッドを奪うことにした。僕が設定したこの決行予定日を他人が事前予測することは絶対に出来ない。犯行当日にいくら対処しても手遅れだよ」
これを読んだ警視庁の名警部ガニマールは、フンと鼻を鳴らして、言ってのけた。
「ルパンもバカだなあ、この文面からして、我々はやつの犯行予定日を必ず事前予測が可能だよ
えっ?それはなぜ?と訝し気に騒ぎ立てる周囲を制しつつ、ガニマール警部は以下のように説明した。

いいかね、話はじつに簡単なことだ。
仮に30日までルパンが犯行に及ばなければ、犯行は31日になされるに決まっている、つまり我々は30日の時点でやつの犯行予定日を事前に予測出来るじゃないか。
さらに、この仮説が真と仮定した上で、29日までに犯行がなされなければ、やつの犯行予定日は30日しかない、と、これまた我々は29日の時点で事前予測出来ることになるね、さらにここまでの仮説に則りつつ、28日までに犯行がなされなければ、やつの犯行予定日は29日だと、これまた我々は28日の時点で事前予測が出来る。
もう分かったと思うが、こうしてさかのぼって推論していけば、8月16日の犯行予定を我々は8月15日には事前予測出来ることになり、ゆえにやつの犯行予定日は8月15日しかない…つまり我々は必ず事前予測が出来るということになるのだよ。

「いや、あなたは間違っていらっしゃる。その予告状だけからルパンの犯行予定日を事前に予測することなど出来ませんよ
とつぜん割って入った声、それは、たまたま英国から招聘されていた名探偵のシャーロック=ホームズであった。
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さて、ガニマール警部とシャーロック=ホームズ、どちらの言い分が正しいのだろうか?
根拠も併せて書きなさい。


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現代文編

以下の単語を最低1度は必ず用いて、「800語」程度であなたの主張とその論拠を一貫させた文章を作成しなさい。

能力/経験/効果/善悪/信念/責任/予測/観察/統計/認識/物質/現象/反応/風流/快楽/怪異/怒り/恋愛/ケンカ/チーム/文芸/スポーツ/哲学/記号

注:
・句読点の数は問わない。
・たとえば「責任」を「責任者」のように合成語とすることは可。
・相対比較表現にて、○○は嫌いとか分からないなどという排除的な論旨展開も可だが、その論拠は必ず一貫性をもたせること。

※ヒント、具体的な体験に則って文脈づくりを決めつつ、ヨリ抽象的に奥行をもたせれば書きやすい。

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以上の解答案は;
http://timefetcher.blogspot.jp/2015/08/blog-post_94.html


謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本