2015/10/28

燃料電池についての奇問

燃料電池自動車が、話題をさらっている。
それで、ふっと思いついたことがあるので、バカげているかもしれぬが、とりあえず記す。

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そもそも、燃料電池とはなにか。
とりあえず化学の教科書には、以下のように記載あり。

『水素などの燃料を、空気中の酸素などとともに外部から供給し、その酸化還元反応にともない放出される化学エネルギーを、電気エネルギーとして取り出す装置』

<リン酸型の例: 電解質は高濃度のリン酸水溶液、両極の極板は白金(pt)触媒を含む>
基本構成は (-) H2 | H3PO4 aq | O2 (+)
「負極」の酸化反応は H22H+ + 2e-
「正極」の還元反応は 1/2O2 + 2H+ + 2e-H2O
よって「全体として」の酸化還元反応は  2H2+O → 2H2O


燃料電池は、基本的にはこのように、酸化還元反応とおした正極での水生成の過程で、発生した電子を電気エネルギーとして取り出すものが多い。


燃料電池の採用メリットとしては;
・このプロセスで生じる物質が水だけであり、二酸化炭素や硫黄酸化物などを発生させないこと。
・排熱利用も含めた発電効率は80%と高く、よって環境負荷が小さいこと。
一方でデメリットとしては;
・水素燃料の生成過程で化石燃料を消費し二酸化炭素を発生させていること。
・自動車の動力源とする場合、水素燃料ステーションを随所に設営しなければならぬこと。
・漏れ出すと爆発する危険性のある水素燃料の貯蔵が難しいこと
・効率よく反応させるための触媒として白金(pt)が大量に必要となることなど。

なお、とくに個体高分子型の案内としては;
電解質として水素イオン伝導性の高分子膜を利用、小型軽量化が進み家庭や自動車用電源として開発すすむ。
燃料として水素ではなくメタノールや天然ガスを用いる燃料電池もある由。

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…と、ここまでは燃料電池についての基本コンセプトで、早慶の入試英語で引用される程度のもの、つまり、ちょっとマジメに学校に通っていればバカでもわかること ─ としよう。

さて、ここから、バカな僕なりのヒラメキについて記す。
燃料電池を駆動エネルギー源とする自動車が、水素燃料の供給ファシリティの問題を残しているというが、これが自動車ではなくて、周囲をはじめから水で囲われた乗り物…たとえば潜水艦などではどうなんだろう。
潜水艦についてちょっと調べてみると、なるほど燃料電池を動力源としたものは古くから研究開発されてきたというが、これはどうもよく分からない。

ただ、潜水艦の機体自身の周辺にふんだんに存在する海水(いや淡水がいいか)を潜航の過程で機体内にインテイクすることはいくらでも出来るでしょう。
その水をとりあえず電気分解して水素をとりだし、それから燃料電池で電子をアウトプットしたら…。
そしたらこの潜水艦は、水の中でなんぼでも潜航を続けることができるのではないかな?
すばらしい!燃料電池は自動車ではなくて、潜水艦の動力源とすればいいではないか!

追記: 
仮に本アイデアを推し進めるなら、周辺の水の電気分解のために太陽光エネルギーを常に活かせる洋上船舶がよいのでは、とすぐに指摘された。
もっとも、上で潜水艦を想起した理由のひとつは、燃料電池のメリットとして動力系の駆動音がゼロであることがあげられ、だから潜水艦にもってこいだろうと考えたこと。

…いや、きっと出来ないんだろう。
では、どうして出来ないのか、笑ってないで答えてみなさい。
こういうところまで大胆に考えを巡らせて、はじめて理科の勉強といえるのではないですか?
(物理の問題になるのかな?)




以上

弁当箱

ぼやっと考えること。
キリスト教やユダヤ教やイスラーム教などといった一神教は、そっと察するに、おそらくは巨大な弁当箱のような宇宙像・世界像をイメージしている。

まず、宇宙と同サイズの恐ろしくでっかくて豪勢な弁当箱がある、と思いなせぇ。
その内側に、天国や地獄といった幾つかのパーティション(仕切り)がある、と想像しなせぇ。
その、それぞれのパーティションの内側には、さらに自然とか人工とかいう更に細かいパーティションがある、と考えてごらんなせぇ。
それらをもっと細かく分けていけば、国や都市や村落があり、さらにさらに内側に市があり家があり宿がある。
ちょっとはずれには、役所や議事堂や裁判所やテレビ局もあって…。

と、まあこんなふうに、いわば超巨大な宇宙世界の実体をどんどん割り算(と余り)で区分し、属性や質量を設定していけば。
宇宙と世界とマテリアルと人間は、ぎっしりと隙間なくおのおのの役割を占め、だからそれぞれの関係づけにおいてあたかも化学式のように論理的で、何の矛盾もない。
とりわけ、ある事象がおこっている場合、それがプロセスなのかステイタスなのかのリーズニングがじつにハッキリしている。

そして。
仮にどのパーティション内にも収まらないモノが起こったのなら、それは毒に違いないから排除する、ということにもなりますね。

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ところが。
我々日本人が直観する宇宙や世界はちょっと違う。

そもそも、弁当箱がない。
ふ、と見やれば、目の前にご飯があり、なんや美味そうなオカズもあちらこちらに置いてある。
ほう、と相好を崩しながら、それらをつまみ食いしていると、いつの間にか家を出ていて、通りに出ている。
その通りをそぞろ歩きしていると、向こうで素敵な音楽が奏でられていて、そっちへふらふらーっと出向いて行くと、ありゃ、いつの間にか町外れである。
おやおや、わが町の向こうに別の町が、と、更にてくてく歩いて行くと、ところどころに神社があり、仏閣があり、さらに商店街があり、企業があり大学がある。
そんな通り沿いに、自動車やバイクなどもおいてあって、それに乗って更に疾走していくと、いつしか山々を超えて海に出る…

喩えはよくないが、まるで野良猫の世界観のよう。
ともあれ、我々はこんなふうに眼前の小さな対象からだんだん広がっていく発想法なので、そもそも最大宇宙から最小ミクロまでのフォーマットなど設定する必要が無い、そんな長期記憶も要らない。
それぞれの事象が、プロセスなのか或いはステイタスなのか、そんな視座の設定も曖昧でよい。
(だから化学式や英文解釈が苦手なのかな、それも、説明する奴ら自身がプロセスとステイタスの区別を上手く説いていない。)

ぼわーん、とお化けが出てくると、ぎゃーと叫んで逃げる。
この宇宙世界にそんなものが存在してよいはずがない、とはなかなか考えない、だって見ちゃったんだから!

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彼我間にて、どっちが優れているだろうか、などとは論じようがない。
何が優れており、何が劣っておるか、外周や外苑やパーティションを設定しない我々には判定のしようがない。
ただ、食うに困らぬ世界が実現すれば、みんな我々のようになる、そんな気がしないでもない。
あるいは逆かもしれぬ、逆というのはつまり、世界中の人間が我々のような思考法を習得すれば、誰も食うに困らぬかもしれないではないか。

以上

2015/10/17

自称・経済通を黙らせる方法

これも、以前にどこかで書いてきたこと。

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① 日経平均株価をペラペラと語り、自身の株式投資や経済分析を自慢し続ける人たちがいる。

では、そのような自称・経済通の人が、いわゆる大企業の株式をどれだけ購入してきたのか。
訊けば、一社あたりでせいぜい数百万円とのこと。
なーんだ。
たかが数百万円の株式投資など、その大企業の資産額からすれば、ちょっとしたエレベータの金属養生板かトイレの便器程度にすぎぬ。
情けないですね、朝から晩まで大企業の日経平均株価やポートフォリオを分析し、眉間にしわ寄せて株式を購入、そのカネが大企業の工場や事務所の便器になって、その便器相応の配当をグチャッと回してもらい…
こんなこと繰り返して人生終わっちゃった自称・経済通について、あわれと嘆くべきか、はたまた、笑うべきか。

さて。

経済先進国における大企業とともに、ホンモノの産業と市場経済を動かしたいのなら、需給のバランスやフィードバックから考えて、以下の5つしかないのでは;

(1) とりあえず数百「億」円くらいは随意で動かせる、ホンモノの大株主や機関投資家になる

(2) 大企業に対し、おのれの研究開発技術を売り込む
(3) 大企業とわたりあう行政担当者、ないしは議員になる
(4) 大企業とわたりあう監査人か法曹人か学術関係者になる
(5) 大企業の供する財貨を冷徹に評価する雄弁な消費者になる

問題は、「これらどれにも該当しないチビ株主」の存在じゃないかしら。

そんな連中がいくら経済通を自称しようと、大企業の粉飾決算も株式市場への冒涜も抑止出来ず、ビルマンションの工事偽装も発電所の事故も見抜けない。
日経平均株価とポートフォリオを分析して、大企業の経営を小声でコチョコチョと一丁前に批評して、それを時折発信したり。
いったい何やってんだ?
無力かつ無責任とは、このこと。
むしろ、黙って大企業の言いなりになってりゃいいんだ。

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② 株式制度は、民主的な経済運営の手段である
─ といった幻想(というか屁理屈)を信じている人も多い。
もちろんこれは言い古されたアイロニーであり、大企業がたかだが数百万円のチビ株主の不平不満にいちいち耳を傾けるわけがない。

いやいや、たかが数百万円のチビ株主でも、結束すれば大企業を動かせるじゃないか、というかもしれん。
しかし、そもそもチビ株主が結束するだろうか?
むしろ、結束して行動する度量も知性もないから、一人ひとりがチビ株主に留まっているのではないか。
小金に余裕のあるチビ株主、とりわけ高齢者の憤懣が高まる一方の世の中だが、その憤懣の源泉のひとつがここにあるのではないかと察している。

そして。
何となくではあるが、左派政党などは意図的にそういう憤懣連中から票を拾い集めているんじゃないか、その一方でたとえば中国株を買わせたり…などとぼやっと思い当たることもある。
(じっさい、そんなふうな現場を目撃したこともある。)
よって、無力で無責任な雑音ばかりやかましいチビ株主を攻撃するにさいしては、経済哲学はもとより政治理念に則ってイジめてやることも出来よう。


以上 (なんだかイジワルな内容になってしまった笑)


謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本