2016/06/29

くのいち

「ねえ、先生。へんげのじゅつを教えて」
「ほぅ?変化とな?拙者、そのような術は相知らぬが」
「その妙な口調はなに?ねえ、ふざけてないで教えてよ。先生は以前、かぐや姫からへんげのじゅつを学んだって言ってたじゃん」
「うむ…さはさりとて、変化の術はちと厄介なものゆえ、よした方がいいよでござる」
「いいよでござる、なんて日本語は無いよ!先生っ、ちゃんと教えてよっ」
「して…何故に?」
あたし、全くの別人に変わりたいの。だって、いまの毎日は単調で、退屈で、我慢出来ないんだもん」
左様か。うーむ……、あい分かって御座候。では、こう致そう。ほんの触りながら、教えて遣わせしんぜよう」
「ねえ、そのおかしな喋り方やめてよ」
「そういきり立つでない ─ さ~て、ここに忍術の秘伝書が在る。今より拙者が、変化の章の冒頭箇所を読み上げるがゆえ、そのまま復誦されよ。宜しいか」
「うん、よろしいよ」
草木も眠る丑三つ時、縄文土器に弥生土器」
「くさきもねむる、うしみつどき、じょうもんどきに、やよいどき」
在り居り侍りいまそがり、朝昼晩の潮干狩り
ありおりはべり、いまそがり、あさひるばんの、しおひがり」
「わが身世に降る長雨せし間に、鬼の居ぬ間に神の随に」
「わがみよにふる、ながめせしまに、おにのいぬまに、かみのまにまに…」


「ありゃ?俺は誰なんだろう…
「これ、そのほう、如何致した?」
「お、君か?そこで何をしているんだ?」
「うつけもの!その物言いは何事か!わらわは姫君なるぞ、そなたは我が家門を愚弄する所存なりなのか?」
「なりなのか、なんて日本語は無いだろう、君ぃ。寝ぼけてるのか。あっははは」
「うぬ!もはや聞き捨てならぬ、この痴れ者め!ええい、おのおのがた、おのおのがた、出会え!出会え!」
「おわっ!待て、待てっ!俺の話を聞いてくれ!どうも、この俺は本当の俺自身ではないような気がしてならないんだ。もしかしたら、新たな自分に成り変わるための変化の術が…」
「ほほぅ、変化の術、とな ─ されば、このようなしのびの秘伝であろうかの?これ!そちに読み聞かせてやるから、畏まって復誦するがよいぞ。草木も眠る丑三つ時、縄文土器に弥生土器…」


永遠につづく