2017/01/30

他人の評価に拘るな!

或る人間が、別の人間の能力を完全に評価出来るだろうか?
もしも ─ だよ、もしもそれが出来るなら、そういう絶対の能力査定尺度を万民が共有しているはず。
そんな万民共有の能力尺度が在るのなら、或る人間と出会ったせつなに、「あっ!この人物は能力が高い!」 と判別出来るはずでしょう。
で、あるのなら、大学や高校が能力判定のためにいちいち試験を実施したり、企業が新人雇用にて試用期間などおくわけが無いでしょうが。

なるほど、人間の能力を「完全に」判定評価することは、どこの誰にも出来まい、が、それでも「部分的な能力」 の評価は出来るはずだ (そこを見極めるためにこそ試験があり、試用期間があるのだ)、と言うのだろう。
しかし、だよ。
「完全には」 判定評価出来ない人間の能力、つまり、全体系が掴めていない人間の能力の、「ある部分=元素のみ」を、「その部分=元素だけ」しか共有していない人間が、いったいどうやって評価しうるというのだろうか?

いやいや、その人間の 「外部に顕在化した能力」 だけを、「客観的に」 評価することは出来るだろう (そのためにこそ試験があり試用期間が…)、と更に言いたいのだろう。

それでは、その人物のその能力が 「顕在化」している理由は?
それは精神性ですよ、と言うのなら、なーんだ、客観評価なんか出来ないってことだ。

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……と、考えを進めていくと。

どうも、人間は人間の能力を完全にも部分的にも客観的にも評価出来っこない、となる。
つまり、だ。
あなたたちの 「本当の能力」 など、企業にも文科省にも大学にも高校にも判るわけが無いのですよ。
ただ、少なくともこれまでは、学生全員に希望通りの勉強をさせる余裕が無かった、だからこそ、「とりあえずの選別措置」として、AOや推薦入試や一般入試があり、偏差値業者が便乗してきたのです。
(だいたい、大学とくに理数系は、学部学科がどんどん細分化しているのに、高校卒業時点での学力偏差値を押し並べて序列化し続けているのは、本当におかしい。)
また、新卒採用で就職した企業にて、自称・人間通のオヤジどもがだ、何を偉そうに人生訓をたれようとも、その連中にあなたたちの全てが判るわけが無いの。それでも、工程上の分業促進のために、勤務査定がある。

( ※ 為念 ─ 本稿にては、人間同士の愛情や気心や意気投合といった 『つながり』 については関知せぬまま、 一人ひとりの 『孤立性』 を喚起申し上げたつもり。)

そもそも。
或る業界、或る分野にて、いつまで経っても二流・三流どまりの国や企業や政党などは、「我々は人間の本当の能力をどうしても突き詰めることが出来ません」 と白状しているようなもの。
その意味では、むしろ正直な存在であり、だからそういう人たちのそうである所以をスタディすることはけして無駄ではない。

以上

2017/01/17

2017年センター試験について所感

センター試験において僕なりに毎年注目しているのは、社会科の出題である。
ひとつの目玉として注目すべき、IMFによるSDR準備資産の特別引出権通貨への中国人民元の追加につき、今般の出題にて触れられていなかったことは意外ではあった。
また、英国とEUの経済/政治的なかかわりにしても、社会科としては数年来の最大関心事項であるはず、これについては政治経済ないし世界史にてEU論として突っ込んでみても面白かったのでは?
さらに、先日亡くなったカストロ(キューバ)をめぐる世界現代史が出題されなかったところが惜しい ─ 共産圏において彼ほど多元的かつ継続的に世界と渡り合った人物は、他にはワレサ、ゴルバチョフ、鄧小平くらいしか思い当たらない。

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【政治・経済】
例年と比べると、出題が雑然とした感はぬぐえない。
昨年まで出題されていた、国民所得や国際収支といった共通尺度での経済力比較や、ゲーム理論などのアカデミックなアプローチなど、分析能力を問いかける出題は今年はやや控えめ。
一方で、むしろ連想力(だから知識量)の要請はかえって増えてきたようにも察せられる。

【第1問】
<問2>の価格弾力性について。
概念が分かりにくいという声もちらりと聞こえてくるが、しかしだね、需要供給曲線を描く本来的な意義は、販売数量と売価の変化率を商材別に比較するところにあるはず。
よって、さまざまな商材が価格弾力性が高いか低いか、そこを判断出来なければ、話にならぬのよ。

<問3>は吹き出してしまうほどの奇問?である。
日本の衆議院議会の席配置の由来として、もともと協賛機関に過ぎなかったため閣僚席を仰ぎ見る格好になっている、とわざわざ論拠として論う必要があるかどうか…
しかし、もっとおかしい(可笑しい)のはフランス国民議会についての記述。
人が自由平等である云々の宣言を決議した時点で 「こうした考えをさらに推し進めようとした」人々が左翼席に、とあるが、自由平等であるとの考えを”さらに推し進める”とはどういう意味か?さっぱり了察出来ない (武力によるヨーロッパ襲撃の推進派であったとハッキリ記すべきではないかな。)

<問5>
選択肢1は、基本的人権があらゆる「法律による留保」の外に厳として在る由を想起させるものだろう(だからこそ本肢は誤文)。
だが、憲法と法律と基本的人権の準拠関係を同時に考慮しつつ挑むと、ここはかえって正文のようにも読めてしまう、不思議な問題でもある。

<問7>
日本の国富(円建て換算)の大分類とバブル経済の関係を冷徹に考察させる、素晴らしい出題ではないか。
ただ、設問は淡白な知識確認に留まっており、実に惜しい。

【第2問】
<問1>
フリードマンについて触れるなら、彼が批判した財政支出と乗数効果の太祖であるケインズこそを比較対象として、テキストを作成して欲しかった。
マルクスについて挙げる必然が分からない。

<問2>
本年の出題の典型例で、「所得再分配」の比率、再分配後の「相対的貧困率」、そして該当国のエピソードを連結させるつくり、だがこの出題はエピソード箇所が冗長ではなかろうか。
それより留意すべきは、相対的貧困率であり、これは可処分所得の中央値未満の額と構成人数を表す数値。(もしも最貧国にて、全構成員の可処分所得がみんな一緒に地上最低レベルならば、この相対的貧困率は最小になる。)

<問4>
選択肢2にある、「投機抑制のため国際的な資本取引に課税する構想」とは、(おそらく)かつてトービンが提唱したもの。
外為相場にて短期的に多額の国際資本移動がなされる場合の通貨価値の極端な変動を抑止させようとした、が、課税した場合に為替取引への意思が委縮してしまうとの危惧から、まだ実践的には導入されていないはず。

【第3問】
<問6>
これも上の問2と同じく連想クイズの構成をとっているが、もっとお粗末な出題だ。
選挙やデモがいったい国政の何にどう影響を及ぼしているか、そして、なぜ国民がそう見做すのか ─ と、ここまで踏み込ませる多段的な知識連想と思考チャレンジこそが、本年出題の新パターンたりえたのではないか。
そうであるのなら、まったく浅薄な出題に終わってしまった本問についてはなおさらガッカリさせられる。

<問8>
これはすっかり定番となった、地方自治体の「条例」についての出題。
地方自治体での住民投票条例は、国法に完全には拘束されず、じっさいに自治体によっては永住外国人が住民投票に参加した事例がある。

【第4問】
<問4>
一般会計のプライマリバランスを期間別に一瞥させるもので、これも内訳から変位まで掘り下げうる出題たりえたろうに、当初予算の額面比較だけに留まってるとはあまりに浅薄だ。

<問6>
ヨーロッパ統合と通貨についての定番的な出題。
ECが関税同盟と共同農業政策(1967)→ERMおよびEMSとして域内固定相場の通貨制度発足(1979)→単一欧州議定書(1987)→EU発足(1992)→ECB設立→euro通貨の論理的な決済開始(1999)→euro券の実物流通開始
…という具合に、通貨統一構想は早かったがeuroのオペレーションは政治統合ののちであったこと、この入り組んだ経緯はよく問われる。
(なお、さらにEUは現時点に至るまでに統一大統領と外相職までは設置されたが、EU統一憲法は全加盟国の署名条件を満たしておらず未発効なままである。)

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【世界史A】

【第1問】
<問3>
英連邦の成立過程つまり植民地への自治権付与のオーダーを確かめるもので、カナダがオーストラリアやニュージーランドより早いのは、居住人口や経済規模を勘案すれば当たり前のこと。
このプロセス理解においてむしろ念頭におくべきは、(本問には引用されていないが)アイルランドの自治獲得についてであり、これは南アの自治獲得よりもまた第一次大戦よりも遅く、さらに、ウェストミンスター憲章ののちにはエール国として英連邦から離脱さえしている。

<問6>
19世紀初頭のハイチ、コロンビア(ヴェネズェラ)、ペルー、メキシコといった中南米植民地の独立を想起すれば、本出題のグラフは明瞭に理解できよう、とともに、おもに英国による植民地数が史上最大であったのは両大戦期であったこと、あわせて確認容易である。

<問7>
出題そのものよりも、本問にかかるリード文にあるように 「イエズス会がスペイン王権と世俗権力から疎まれてアメリカ植民地から追放された由」 こそが、世界史理解にて極めて重大である。

【第2問】
<問2>
漢と明の版図を確認させるもので、もちろん歴史地図における重要な着目点は各国の辺境がどこまで伸びているかであり、世界史Aらしい出題である。
とくにこの図にては、明の版図が満州方面まで含んだことになっている。

<問5>
海底通信ケーブルは英仏間が一番早く、さらに大西洋間、英/インド間と続き、このケーブル敷設と(単純信号とはいえ)通信の実現は、蒸気機関の活用とともに、世界史Aとしての最重要テーマたりうる。
これら物理的なイノヴェーションによってこそ、物流や軍事作戦の大規模化はもとより、国際的な投機活動も拡大し、アメリカ南北戦争、クリミア戦争、イタリアやドイツの統一戦争にもつながっていく。
時間軸で追う限りでは、日本の開国期ともほぼ重なっている。

<問10>
関東軍による柳条湖事件と満州占領に対して蒋介石は不抵抗政策を採り続けた
─ どの時点まで指すか微妙だが、このリード文を読むかぎりでは張学良に説得されて初めて抗日にまわったと読める(本当ですか?)

【第3問】
<問2>
ワグナー法はよくあるヒッカケで、これはアメリカらしからぬ、労働運動サイドの立法である。
イギリスでの労働条件改善の皮切りは、19世紀に入ってからの団結禁止法の廃止を指している、か、尤もここでの設問文からは判然としない。

【第4問】
<問1>
国際赤十字社の設立は、クリミア戦争とイタリア統一戦争がきっかけ。
なお、ロカルノ条約はなぜか勘違いされやすいが、第一次大戦後の西ヨーロッパ諸国の相互不可侵について、ドイツのシュトレーゼマンが諸国に合意をとりつけたもの、かつ、ドイツの国際連盟加入があってこそ意義のあるものとされた。

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【世界史B】

【第1問】
<問4>
英インド総督が誘導したベンガル分割令と、反英勢力を分断するために組織化させた全インド=ムスリム連盟は、ほぼ同時進行での英国側の策謀であり、これらの時系列までを問う此度の出題はセンター試験にはふさわしくないのでは?

<問5>
本箇所の出題リード文Bにおける、トルコ系ムスリム勢力がインドを侵略し著名なヒンドゥー寺院を破壊・略奪云々、について。
数年前までの山川の詳説世界史B教科書にては、ムスリム側が自らの建造物にてこの略奪木材を充当した旨の記述があった、が、最新版の教科書にてはこの木材転用についての記述が消えている ─ なぜだか分からないが。

<問7>
この設問にては、ソ連の書記長フルシチョフ、ブレジネフ、ゴルバチョフによる対外膨張(ないし撤退)政策を区別されたい。

<問8>
ここでの引用グラフにては、とくに1930年代から第二次大戦前夜までに、ソ連の銑鉄生産量がドイツと(驚くほどに)軌を一にして増加しているところ、注目したい。
いったい何故にこうなったのか、第二次大戦の直前までは鉱石の還元技術がほぼ共通であったためか、同じ仕様の鉱石と溶鉱炉を使っていたからか…それにしてもなぜドイツとソ連が…どういう取引関係があったのだろうか…。
ここのところ、実に複合的つまり大局的な考察対象といえよう、世界史教育はかくあるべしか、もはやセンター試験どころではない(笑)

【第2問】
<問9>
韓国の民政化と日韓基本条約とインフラへの巨大投資における、朴正熙大統領の業績を考えれば、彼を独裁者として否定的に認知させうる本設問はセンター試験には望ましくない。

【第3問】
<問7>
金本位制については、資産価値の金(gold)ベースでの保全を優先するか、はたまたカネの流動性(つまり企業利益と政府税収の額面上の拡大)を優先するか、このオプションにかかる金融政策であること考えれば、けして難しい話ではない。
世界大恐慌のあおりで、英国はカネまわりが悪くなり、しかも頼みの金(gold)を流出してしまったのだから、金本位制を停止してでもカネまわりを復活させようとした。

【第4問】
この大問にては、設問よりむしろリード文そのものに着目したい。
とりわけ、東アジアは16世紀までには世界最大の交易圏となっていたが、清による(台湾への)遷界令と江戸幕府による鎖国政策により、いったん潰えてしまったこと、此度は引用されていなかったが、あわせて想起されたい。
また、ヨーロッパでの木材の過度な伐採消費についてのリード文については、木材にかわる熱量源として石炭が、そして蒸気機関が ─ と続けばもっと立体的な出題たりえたのでは。
このような出題リード文こそ、歴史の動因を複合的に捉えるきっかけとして、そして世界史Aでの出題コンテンツにも活かしうるものとして、こんごのセンター試験世界史にてもっと練り上げていって欲しいものである。


以上

2017/01/08

新成人 2017

かつての20歳は、当時のおのれ自身が何を考えていたのか、いまやほとんど覚えていない。
一方で、現在20歳の君たちは、おのれ自身が将来何を考えているか、見当もつかないだろう。
だから、かつての20歳と現在の20歳は、何かを等価交換することはむろん、意思を一にすることすら出来ない。
ゆえに、新成人の諸君は、年長者の言うことを全て理解しようなどと念じなくてもよい。
おのれが思うがまま、出来ることから、だ。
こんなこと、数学が出来ようが出来まいが、簡単に分かるでしょう (数学が出来なかった僕だって、こんな程度のことは書ける)。

例年どおりの事を書くが ─
宇宙に統一法則があり、或いは最も根元的な素粒子があったとして。
それでも、人間の意識から捉える現実世界は、何もかもが非同期のメチャクチャが常態だろう。
とはいえ、滅茶苦茶ばかりでは困るので、宇宙と人間との同期を計る通訳として何らかの神がおわします、ということになっており、共通の表現形式として数学も万民に普遍している。
さらに、もっとローカルではあるが、法規範もあり、契約もあり、カネと金利があり債権と株式もあり、もっともっと暫定的ではあるが議会もあり新聞もある。
ここのところ、微積分を本末転倒させてはいかん。
法とカネと議会と新聞があるから神と数学があるわけではない。

我々は、完成した理性のうちに滅茶苦茶を許容しているわけではなく、もともと何もかもが滅茶苦茶に映ればこそ、つねに理性を新規に発明し充当している。
したがい、人間の理性には完成型も究極も無く、初めも終わりも無く、権威も新参も無い。
さぁ、新たな試みを期待していますよ。

以上

2017/01/06

ポケモン最新ガジェット

ポケモンの最新形 ─ を想像してみた。
そもそも、スマホ端末のディスプレイにモンスター動画を引っ張り込む、という着想自体が、もう陳腐でつまらないのだ。
そんなんじゃなくて、いっそ、スマホ端末そのものが形状変化すりゃいいんだ

たとえば。
或る公園で昼食をとっていると、スマホそのものがむくむくと膨らみ、 「おにぎり」 の形状とデザインに変わる、など。
また、サッカースタジアムに持ち込むと、スマホがもっとむくむくと丸く膨らみ、サッカーボールの形に変わってもいい。
コンサート会場に持っていくと、スマホがピアノやヴァイオリンの形状に変わればいいのだ。

落語を聞きにいくと、スマホが座布団の形に変わり、競馬場にいくとスマホが馬蹄形に変わり、河岸に行ってみればカマボコみたいになる。
海水浴場に行くと、スマホがヒトデ型というか星型になり、水族館に持っていくとマンボウになり、登山に出掛けるとオカリナになったら、楽しいじゃないの。
飛行機が名古屋に到着すると、スマホが「ういろう」みたいになり、羽田に戻ってくると「ひよこ」みたいになっている。
外国人に貸すと、日本人形みたいになる。
さらに、墓地にもっていけば位牌みたいになったりして。
これで電話するのも滑稽だろうなあ。

そんなもん、どこが「モンスター」なんだよ?!と不満の声だってあがるだろう。
だから、心霊スポットに携行したスマホがお化けみたいになったりすればいいんでしょう。
それどころか、オレオレ詐欺など非日常的な発呼を連続していると、そのスマホに羽が生えて警察署に飛んでいけばいいんだ。
いや、戦場に持っていくとドローンに変身したり。

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そんなもん、どんな素材でどんなふうに作るんだ、と反論されるかもしれない。
いーや、素材や工程は、あとから考えりゃいい、というか、何だってまずコンセプトあってこそ、工程エンジニアリングの検証がありうるのだ。
いつも特定の素材と工程と製品に封じ込められている人たちは、今日明日の借金に追われてるんじゃないの?

そもそも、だよ。
こんな程度の立体的な形状変化のアイデアなんか、3Dプリンタなどを観察していればふっと湧いてくるでしょうに。
さらに、超々集積技術を擁する超ちっちゃい量子型素子を内蔵すれば、実現出来る ─ くらいのこと考えたってバチはあたるまいよ。
え?バッテリーはどうするかって?
自分で考えなさいよ。

さて。
こうなると、スマホ端末そのものの原型はそもそもどう在るべきか、わからなくなる。
というより、ハードウェアとしての原型という観念そのものが、無くなる。
うむ。
それこそ本当のICTワールドだ!
どうせ、ほっといたっていずれはAIが勝手に人間様のネットワークもガジェットも制御するようになりうるのだから、その先手を打ってハードウェア自体の自在な可変化を推進するのだ。

何にしても、こういう形状変化型のスマホ端末が実現したら、みんな面白がって、いろいろなスポットを片っ端から訪れるようになるだろう。
経済効果は測り知れない (どうなるか誰にも分からないって意味において)。

以上
ははははは

2017/01/05

必然と必要条件


宇宙にも、人間世界にも、それこそ数えきれないほどの命題がある。
では。
宇宙の全ての命題は、一つの大命題に複合されうるだろうか?
あるいは逆に、宇宙すべての命題を通約する根本要素(素粒子など)はありうるだろうか?

ちょっと試みに、以下に4つの命題をおいてみた。
① 宇宙の万物には何らかのエネルギーと力がある。
② すべての物質は常に何らかの化学変化する。
③ 株価と通貨価値が技術開発力を決定する。
④ 万民が共通の法規範を追求する。

これらのうち、とりあえず①と②はそれぞれ、必然命題としてもよさそうだ。
ならば、①と②は(周期の長短はともかくも)何らかの同期をとっており、だから全宇宙を統合した命題に複合も出来ようし、逆に素粒子などの根元要素に還元も出来よう。
だが③と④の(いわば社会科の)命題は何らかの必要条件としては成立するとしても、十分条件を満たした命題ではない。
さて。
①と②の必然命題の要素であるエネルギーや物質が、地震や津波や火山爆発や太陽の黒点や宇宙線や放射線の脅威をもたらし続けている、が、これらをだな、③と④の命題の要素である株価と通貨価値と法規範が解決済み、もしくは解決予定が立っているだろうか?

諸命題の必然と必要条件を混乱させている犯人は、だ。
まず一神教と、もうひとつは数学ではないか。
たしかに、一神教と数学は、きわめて整合的な論理系、だから何もかも描写し説明する媒体となり、どんな人間の腹にもおさまってしまう。
しかしまた一神教と数学は同時に、①と②という必然命題と、③と④というただの必要条件を、「超然的に外部からひっくるめて巨大な必然に統合してしまう」 こともあるのではないか?
現にそうやって一神教と数学を悪用している大嘘つきたちが、「カネという必要条件さえ捻出すれば、人類みな健康で文化的な生活を送れるという必然命題が成立する」 などと、おかしな思想洗脳を継続中なのではないか。
(逆から攻めるのがピケティなどを初めとする絶望論かもしれぬ。)

いや、思想洗脳ではなくて、①②③④トータルで本当に必然命題として成立するかもしれないならば、必然命題であることを一神教と数学「以外」の手段で立証してほしいもの。

それが出来ぬのなら、いっそ、①②③④の全てはバラバラな偶然の思いつきの命題であったと白状したらどうか。
こっちこそが真理かもしれないよ。


…といったところから、本年もスタートでしょ、みなさん。

以上

謝辞

ここに提示の記事は、いずれも私自身の判断責任のもと編集・投稿したものです。

大半の投稿は学生など若年層向けを意図してやや平易な表現にて、通俗性は極力回避しつつ、論旨の明示性を重視しつつ書き綴りました。あわせてまた、社会人の皆様にお読み頂くことも想定しつつ、汎用性高い観念知識を相応に動員しながら記した積もりです。

私なりの思考着想によるささやかな閃きが、皆様の諸活動にて何らかの光源たり得れば、望外の喜びであります。

山本