2017/12/16

【読書メモ】 科学の最前線を歩く

『科学の最前線を歩く 東京大学教養学部・編 白水社
本書は科学技術の最新動向を広く取り上げた導入本で、ヴァラエティに富んだ21の研究主題につき簡素な論説を紹介する構成。
巻頭言にて「知識」から「教養へ」と呈された本書、なるほど、次々と紹介される論説の多くは、科学基礎論への再考を促しつつ斬新さが突き抜けるもの、まさに思考のダイナミズムへの誘いか、いわばSF小説のアイデアのごとき知的な揺さぶりがなかなか心地よい。
大学生はむろん、関心意欲次第では高校生でも本書内容は十分に捕捉しえよう、さらにいえば本書主題の多くは世界的なチャレンジテーマたりえよう、だから入試英語でも出題されうるのではなかろうか (代ゼミあたりが自由課題として学生に挑ませても面白そうだ)。

ただ一つだけ難を記せば、本書の構成上の制限のためか、アブストラクト図案が少なめで文面がやや散漫な箇所も見受けられ、しばしば論旨理解に戸惑ってしまったものもある。
しかしながら、とくに学生諸君は文面仔細に拘泥することなく、おのれの知識と着想力をフル動員しつつ、これはという主題のものに挑んで欲しい。

さて、それでは特に僕なりに興味を触発された論説につき、ごく大雑把ではあるが以下に紹介する。


<時間とは何だろう>
(※ 本稿はベストセラー『ゾウの時間・ネズミの時間』の著者である本川達雄氏によるショートエッセイ。)

・或る生物個体が体内にて感覚する変化(反応)の回数、これをその感覚の「周期時間」と見做すことにする。
生物個体の心拍、呼吸、ほか多くの生命活動における「周期時間」は、その個体の体重の1/4乗に比例する (たとえばその個体の体重が10倍になるごとにそれら生命活動の周期時間は2倍になる)。

生物個体の細胞1つあたりの「エネルギー消費量」は、生物種の差異を問わずほぼ同じ。
かつ、食事量とエネルギー消費量は正比例している。
ところが、生物個体の体重あたりで見ると、「エネルギー消費量」は体重の大きな個体ほど少なく、体重の1/4乗にむしろ反比例している。
ということは、体重の大きな生物個体ほど細胞におけるエネルギー量=仕事量が少ない(あるいは偏っている)。

以上から、生物個体内の諸々の生命活動における「周期時間」と、「エネルギー消費量」は、反比例の関係にあるといえる。
かつ、「周期時間」の逆数はその活動の「速度」であるから、生命活動における「エネルギー消費量」と活動周期「速度」は正比例関係にあることになる。
この両者に則り、様々な生物種のいわば「生きる速度(とその時間感覚)」を測定出来る。
共通単位として、たとえば生命活動の代謝時間(metabolic time)とその速度を設定したらよいのでは?

生命は宇宙に誕生以来、身体構造のエントロピー増大に抗するために多大なエネルギーを投入して世代交代を続けてきたが、このためにこそ生命活動の周期速度とエネルギー消費量が正比例の関係を保つようになってきたと考えられる。
筋肉の活動周期速度と投入ATPエネルギーにても、この関係を見出せる。
しかも筋肉のエネルギー消費量は、その生物個体におけるそれの2/3を占める。
植物光合成のカルビン回路の化学反応における周期速度と、消費されるエネルギー量も、同様の関係にある。

・人間の文明活動にては、「エネルギー消費量」と、「人間の諸活動における周期速度」が、正比例の関係にあるどころかともに増大の一途である。
たとえば現代日本人は、生物種としての身体は縄文時代以前から変わっていないのに、その身体が取り込むエネルギーの約30倍のエネルギーを、諸々の活動にて凄まじい速度で使っていることになる。

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<植物はなぜ自家受精をするのか>
・地球上の約30万種にわたる植物のうち、約7割が雄・雌の性を併せ持つ両花性であり、さらにそれらにては、自家受精つまり「自殖」を行う種と、昆虫による花粉媒介など他殖受精を行う種がある。
また、同じ植物種でも、自殖受精を行う個体と他殖受精による個体が併存するものもある。

自殖由来の植物個体は、他殖由来の個体に比べて成長力や繁殖力が低い、いわゆる近交弱性の突然変異を起こしやすい。
にもかかわらず、実際に自殖する植物種が多く存在するのは、ダーウィンやベイカーによれば、交配相手が極端に少なく他殖を期待出来ぬような長距離分散条件下にては、植物種は自殖を自然選択するように進化してしまうのでは、と。
また、数理統計学者のフィッシャーによれば、植物は他殖よりも自殖の方が次世代への遺伝子の伝達効率が2倍になる。
ここから、自殖による近交弱性の発生が1/2以下であれば、自殖を自然選択するように遺伝上の性質が進化する、と予測。

・一方では、自殖を防ぎつつ他殖を促すような遺伝上の性質として、「自家不和合性」もある。
自家不和合性を有する個体では、自殖受粉が起こってしまったさいに、自身の花粉遺伝子におけるタンパク質と雌しべ遺伝子のタンパク質が互いに結合し、プロセスを停止してしまう。
それでいて、この同じ個体が他家花粉によって受粉された場合には、これらのタンパク質は結合することなく、受精まで進む。

アブラナ科植物では、この自家不和合性の性質を有する種と有さぬ種が半々に併存しており、これは、共通祖先の段階で獲得された自家不和合性が、或る種にては維持され別の種では失われ、それぞれ進化したためと考えられる。
このうち、シロイヌナズナにおける研究では、雌しべ側のタンパク質が完全に機能しつつも花粉側タンパク質のDNA配列が逆位となっている個体を用いてきた (自家不和合性が機能せず自殖をしてしまうもの。)
この個体にて、花粉側タンパク質のDNA配列を「人工的に」元に戻して遺伝子導入したら、自家不和合性が働くようになり、他殖するようになった!
この実験から、このシロイヌナズナの祖先はかつては他殖していたが、或る時点で花粉側タンパクのDNA逆位配列という進化上の突然変異を起こし、自殖の性質に変わってしまったと分かる。

・しかしながら、もともと自殖であった種が他殖へと進化する例はほとんど無いと推察されている。
その理由は、シロイヌナズナの実験例のとおり、他殖を促す自家不和合性が遺伝上の進化で不活性化して自殖となるのは簡単だが、これをまた元通りに活性化させるという突然変異が自然に起こることは、極めて想定し難いため。

なお、ひとたび自殖となってしまった種は、集団の遺伝的多様性が減少する一方となり、せいぜい20万年程度で絶滅する、とも想定されている ─ 「進化の袋小路」論。
とはいえ、これはあくまでもごく限られた植物類における研究上の見解であり、こんご更なる広範な研究が俟たれる。

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<『匂い源』探索ロボットをつくる>

(※ 本稿はとびきり野心的な実験とシミュレーションの紹介!しかしながら、アブストラクトの図案が少ないこと、一方では文面がしばしば冗長であるため、論旨がどうにも掴みにくいところが惜しまれる。以下は僕なりにやや不安ながらも了解図ったコンテンツの概括に留める。)

・自然環境下では、「匂い」は小さいパルス状の塊(フィラメント)として多数浮遊し、それらの分布状態は常に変化している。
そのため、匂い源の探索や定位の工学上の実現は難題であり続けている
しかしながら、昆虫は、数キロメートルにもわたる「匂い源」の定位を実現しており、だから昆虫は匂いの検知能力とその情報処理能力(および実際の移動能力)にて極めて優れているはずである。
この昆虫の匂い源の検知~定位の能力を分析し活用することで、人間が工学技術によって同能力を機械化(自動化?)出来るのではないだろうか。

簡素なロボット構成の中に雄の「カイコガ」を生きた状態で組み込み、そのカイコガが足元のボールを玉乗りのように転がし続けるように細工し、このカイコガの玉転がしに連動してこのロボット自体も車輪で移動するものとする。
このロボット構成にて、実際にカイコガに雌のフェロモンを嗅がせる実験を試みると、カイコガはボールを転がしながらロボットそのものをフェロモンの匂い源の方に移動させることが出来る。

そこで、この駆動経路をロボットに記憶させつつ(?)、今度はカイコガを実装しない状態で、ロボットに同フェロモンを嗅がせる実験を試みると、やはりほぼ同一の経路を辿って匂い源に到達した。
よって、工学理論上は、カイコガ同様に匂い源を探知するロボットを作ることは可能である。
しかも、同実験において、実装されていたカイコガの意図に反する方位にロボットが進むよう細工すると、カイコガはすぐに足元のボールを蹴りながら方位を調整し、やはり匂い源に到達したのである。
よって、カイコガの脳神経のどこかから、自身の体勢を補正するように指令信号が発せられているはずである。

・ヨリ解剖学的に昆虫類の脳神経をみれば、ニューロンの物質は他の生物種と共通しているが、しかし昆虫ではその数がわずか10万(ヒトの脳は1000億)で、この少なさにより昆虫のニューロンは形態と機能を同定させた分析を進めやすい。

昆虫の匂い源定位のための行動指令信号としては、フェロモン刺激によって興奮/抑制状態をフリップフロップ素子のように反転し保持するものがあり、この応答パターンが昆虫のジグザグ回転運動を起こしている、とされる。
また、フェロモン刺激に対して一過的に興奮状態の応答パターンを示す行動指令信号もあり、こちらは昆虫の直進運動を起こしているとみなされている。
そこで、昆虫脳内から発せられるこれら2つの行動指令信号と、それらに繋がっているロボット、この両者の制御関係を実験し精査してみた (昆虫にとってはサイボーグにされた状態である)。
これにより、前者が後者を制御し動かしていることを実証出来た(?)

・さらに、昆虫の嗅覚系全体を成す1万個のニューロンにおけるそれぞれの神経活動を、リアルタイムに確かめてみた。
このシミュレーションのためにはとてつもない計算能力が必要(10^15以上のオーダー)、そこでスーパーコンピュータ「京」を活用して計算を実行、これによって昆虫の嗅覚系ニューロンの神経活動を数値化出来た。

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<宇宙で電気をつくる>
・太陽光のエネルギー密度は、地球近傍の宇宙空間で約1.35kW/平方mあたりであり、これは地上での平均日射量の5~10倍。
この宇宙空間での太陽光エネルギーを活用して、宇宙空間における太陽光発電で電気を起こし、その電力をマイクロ波(無線)で地上に送電し、地上側でこれを受けて商用電力として配電するシステムが、「宇宙太陽光発電システム(SSPS)である。
平均日射量と発電あたり面積とから従来型の地上太陽光発電と比較すると、SSPSは「技術課題の克服次第で」倍以上のエネルギー効率実現が可能である。

・現在の技術的課題を要約すると ─
宇宙太陽光発電の電力は現状では約100kwに留まっているが(国際宇宙ステーションのレベル)、これを1GWに引き上げなければならない。
マイクロ波送受電のキャパシティは現状では(地上受電側でさえも)数十kWに過ぎないが、これも送受電ともに1GWに引き上げなければならない。
太陽光発電の建造物規模は、現状では100mクラス(これも国際宇宙ステーションのレベル)、これを数kmサイズの建造物として地上高度36,000mの起動上に乗せなければならない。
宇宙までのマテリアル輸送コストもロケット輸送で50~100万円/kgかかる。

現状のコスト分析では、SSPSによるトータルな電力コストは、現行の地上における発電所による電力コストの500倍となり、採算が合わない。

SSPS発電機の素材としては、出力電力が大きく、輸送も工事もしやすく、また大量生産も可能であるものとして、薄膜製で折り畳み型のパネルが可能性を評価されている。
かつ、無重力ではない重力傾斜力に応じて姿勢を安定させる技術、またロボットによる自動組み立て技術が追求されている。
マイクロ波における送受電にて逸失される電力は、50%以下とすることが技術的に可能と見込まれている。
宇宙へのマテリアル輸送コストは、技術的革新によって将来1/50程度にまで下がることが見込まれ、ここのコスト低減によってSSPSにかかる電力コストは地上発電所と比肩しうるとも試算されている。

・現在とくに考慮されているSSPS発電機の構成は、発送電一体型のパネルモジュールをテザー(紐)で束ねる構造のもの。
たとえば、これを625ユニット結合したSSPSは出力100万kWを実現可能。
この結合サイズは1辺が2.5kmの正方形状で、蓄電池合わせた重量は27000トンと見込まれるが、重力傾斜安定なので姿勢制御が不要、自然放熱が可能な構造、また、モジュールタイプなので大量生産も交換も自在、といったメリットがある。

2030年代から、これらのSSPS発電機が宇宙空間に建設されてゆくことが、大いなる目標である。

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<素敵な数、素数>

・或る数までのうちに出現する「素数」の数は、素数定理によって素数発生の密度を(対数関数を用いて)表現出来、範囲を大きな数に広げていけば素数の発生確率が小さくなることが分かっている。
しかしながら、或る2つの素数を掛け合わせたいかなる合成数をも必ず素因数分解するための最適なアルゴリズムは、今のところ見つかっていない。
現在、コンピュータで使われる「暗号」は「素数の積」によって合成されており、たとえば1024ビットの(10進数で約300桁の)数であり、いまだに誰にも因数分解がなされておらず、よって運用上安全であるといえる。
(スーパーコンピュータ「京」で因数分解してみたら1年で済む?)
この素因子の発見の困難さが、暗号技術における「公開鍵」方式にて活かされている。

・そもそも、電子媒体を介したデータ通信においては、その送受信のデータの秘匿性が常に問われている。
そこで一般に、平文データ(もとのメッセージ)を暗号化するため、また暗号文データをもとの平文データに復号化するため、データに特定秩序の変換を施す「鍵」の演算を施して送受信している。

とくに「公開鍵」方式(原型としては?RSA方式)のデータ通信では、平文に暗号化を施すための「公開鍵」と、それを復号するための「秘密鍵」があり、またこれらのどちらも通信の受信者が作成し、とくに「秘密鍵」は受信者のみが秘密に保持する。
ここで、データを公開鍵にて暗号化することは容易であり、この時点で傍受者に漏洩してしうることも前提としている、が、その暗号化されたデータは受信者のみの秘密鍵が無ければ復号が極めて困難となっている。

この公開鍵方式は、上に記した「合成数の素因数分解の難しさ」を実践的に活かした暗号ロジックで、フェルマーの小定理に依った運用方式である。

(……と、ここまで僕なりに概括したのは、いまや広く知られる公開鍵方式の数理上の意味を特にリマインドしておきたかったため。
とはいえ、フェルマー小定理における素数と因数と余りの関係から、公開鍵と秘密鍵と暗号化方法と復号化方法を決めてゆく論理的な道筋は、ここに概説出来るほど単純なものではないので略す。

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以上、あくまで5件であるが、ざっと概括してみた。
なお、本書にては他にも『IPS細胞』、『美肌の力学』、『ネコの心』 などなど、おそらくは多くの読者の関心を誘うであろうテーマが続々とつづく。